ダイソンの電気自動車事業撤退に驚きを感じない理由

掃除機で有名なダイソン(本社:英国)は2019年10月10日、EV(電気自動車)事業からの撤退を発表しました。EV事業の引き取り手を探したものの、見つからなかったそうです。撤退は、ダイソン創業者のジェームズ・ダイソン氏が自らの声明としてHPで発表しました。ダイソン氏の言葉は、これまでのダイソンの意気込みと無念が伝わるような気がします。

ダイソンの電気自動車事業撤退に驚きを感じない理由

Dyson Automotive update 10th October 2019

一方で、実のところ個人的には、撤退は予想通りだったかなという思いもありました。ときどき新聞やテレビでは、車が電気駆動になれば異業種から自動車産業への参入障壁が下がるという期待を込めたコメントや記事が踊りますが、大きな違和感が拭えませんでした。

違和感の理由はいろいろありますが、テスラ創業期の混乱を目の当たりにしていたことと、自動車産業の取材の中で開発者らの苦労を見てきたことがひとつあります。また、試作車レベルのものと大量生産の違いを考えてないような記事があるのも気になりました。

ダイソンの撤退は残念ですが、EV事業への参入がそれほど壁が低いものなのかについて、ちょっと考えてみたいと思います。

全固体電池などの新技術開発は続ける

ダイソン氏は声明の冒頭で次のように述べています。

「ダイソンオートモーティブチームは、私たちの哲学に忠実でありつつ、独創的なアプローチで素晴らしい車を開発しました。しかし、開発プロセスを通して非常な努力をしたものの、商業的には成功できませんでした。
私たちはこのプロジェクトの買い手を真剣に探してきましたが、残念ながら、これまでのところ成功していません。
私は、ダイソンの取締役会(the Dyson Board)が自動車事業を閉鎖するという非常に困難な決定をしたことを、私から直接、みなさんに聞いてほしいと思います」

“The Dyson Automotive team have developed a fantastic car; they have been ingenious in their approach while remaining faithful to our philosophies.
However, though we have tried very hard throughout the development process, we simply cannot make it commercially viable.
We have been through a serious process to find a buyer for the project which has, unfortunately, been unsuccessful so far.
I wanted you to hear directly from me that the Dyson Board has therefore taken the very difficult decision to propose the closure of our automotive project.”

ダイソンウェブサイトの発表記事。(写真をクリックするとリンクします)

ダイソンがEV開発を始めたのは2016年のこと。BBCの報道によれば、ダイソンは20億ポンド(約2750億円)以上をEV事業に投資する計画でした(WIREDによれば2015年に水面下で事業を始めたとあります)。また資金の半分は自動車開発に、残りの半分は電池開発に使われる予定だったようです。

ダイソンは2018年、シンガポールに自動車生産の新工場を設置する計画を発表。2021年の発売を目指していました。そのために自動車部門では約500人の要員を確保していました。ダイソン氏の声明によれば、部門閉鎖後もダイソン内部ですべて吸収できるようです。

シンガポールを拠点にしたのは、JETROのリポートによれば「サプライチェーンの充実、周辺国市場へのアクセスの良さ、高度人材の採用の容易さが設立の決定要因」だとのことです。他方、ダイソンは生産コスト削減のために2000年代初頭から英国の生産拠点をマレーシア、フィリピン、中国などアジアに移しているので、組織の動きとしては自然なものだったのかもしれません。

EV事業からは撤退しましたが、ダイソン氏は声明で、今後も20億ポンドの投資計画を継続し、全固体電池などの新技術の開発に力を注いでいくとし、次のように述べています。

「私たちは、全固体電池の製造という手ごわい課題と、私たちが特定したその他の基本技術に集中します。センサー技術、画像システム、ロボット工学、機械学習、それにAIは、私たちに両手でつかまなければならない重要な機会を提供してくれます。
私たちの電池は、ダイソンに多大な利益をもたらし、エキサイティングな新しい方向に導いてくれます」

We will also concentrate on the formidable task of manufacturing solid state batteries and other fundamental technologies which we have identified: sensing technologies, vision systems, robotics, machine learning, and AI offer us significant opportunities which we must grab with both hands.
Our battery will benefit Dyson in a profound way and take us in exciting new directions.

全個体電池の実用化はEV開発にも増して簡単ではないと思いますが、まずはダイソンの成果を待ちたいと思います。

簡単ではないEV開発

ダイソンのEV開発はうまくいきませんでした。また、これまで、日本でも数々のベンチャー企業がEV事業に参入しようとして、挫折しています。ゼロスポーツ(岐阜県)は、日本郵政から1000台以上のEV導入事業を受注したものの、期限内での納入ができずに経営破綻しました。京都大学も参画したGLM(京都)は4ドアスーパーカーの開発を中断し、パワートレイン開発に特化した事業形態に変更しています。

最近では、ヤマダ電機が出資しているEVベンチャーのFOMM(フォム)に、船井電機も出資して製造や部品供給を担うという記事もありました。FOMMのEVは2020年にヤマダ電機で発売予定です。この他、アマゾンがEVベンチャーのリビアンから大量のEVを購入する計画もあります。

ヤマダ電機やアマゾンの取り組みはまだ結果が出ていないので今後を注目したいと思いますが、日本では異業種企業やベンチャーのEV開発が話題になるたびにもろ手を挙げて歓迎する記事がたくさん出てきます。とくにGLMのように京都大学が参画し、京セラや帝人、東洋ゴムなどといったメジャー企業が投資をすると、成功間違いなしのような雰囲気さえ生まれます。

でも、テスラでさえも、これまでの道のりが平坦ではありませんでした。

テスラの初代ロードスターはトランスミッションの不具合があり、発売前には、交換パーツができ次第、無償交換することが決まっていました。当初、オートマチックの2速トランスミッションを搭載していたのですが、うまく動作しなかったため、1速に変更されたのです。問題が発覚したのが発売直前だったため、テスラは暫定的に2速のトランスミッションを搭載して販売し、無償交換するという変則的な対応をしました。

交換後は1速になり、そのコンセプトが今でも続いています。この他、テスラも大手自動車メーカーのようにリコールを経験していますが、それに耐える資金力がテスラにあったということになります。

資金源のひとつに、カリフォルニア州のZEVプログラム(一定数以上の排気ガスゼロの車を販売できない場合、州政府に罰金を支払うか、余裕を持っている他メーカーからクレジットを購入する)でのクレジット売却益があります。米ビジネスインサイダーは2016年の第3四半期に、テスラは1億3700万ドル(約140億円)のクレジットを販売したと報じています。テスラの企業運営には様々な面があることがわかります。

人的、物理的なインフラをうまく活用したテスラ

EVに限らずですが、モノを作るといっても、量産車と試作車の違いは極めて大きいものがあります。確かにEV数台程度を作るのは難しくないでしょう。使う人の顔が見えていれば、不具合があってもその時々で対応ができます。数台程度なら手作りでも可能です。

けれども量産車となると、誰が使うのかわかりません。すべての製品を確実に作り上げるためには巨大な設備や生産管理の技術が必要です。新事業としてまったく新しいものを作るための生産管理技術が、一朝一夕に手の内に入るとは思えません。

2009年当時のテスラ本社(筆者撮影)

この点で、テスラには大きな転機がありました。今回のニュースに触れて、知人であり車の開発に携わっていた日本国内の技術者(匿名希望)に詳しく話を聞くことができました。彼によると「リーマンショックの時にデトロイトからシリコンバレーに自動車生産のエンジニアが流れた。テスラはそれを雇うことができた」のだと言います。

2008年のリーマンショックは世界経済に大打撃を与えましたが、米ビッグスリーも甚大な影響を受けました。翌2009年にGMは連邦破産法11条の適用を申請し、破綻しています。この頃、GMからテスラに多くのエンジニアが移ったそうです。

さらにテスラはリーマンショックの2年後の2010年、トヨタとGMの合弁会社、New United Motor Manufacturing, Inc(NUMMI)の施設を買収します。今のテスラ・ファクトリーです。この当時、連邦政府からの助成金を受けたりもしていましたが、生産拠点確保や資金繰りでは綱渡りをしていたという記事も散見されます。

他方で、テスラは電池を三洋電機から購入していました。三洋電機の電池生産の技術は業界では定評があり、この点も、新たな電池を開発するというダイソンとは大きな違いがあります。テスラは三洋電機から購入したセルを、独自技術でモジュール化し、車に搭載していました。この技術はダイムラーにも注目されていました。

今のテスラがあるのは、既存の自動車産業の人的、物理的なインフラを活用するチャンスがあったことに加えて、信頼性のある電池という大きな武器を手の内に組み込めたことが大きかったと言えそうです。

そして知人の技術者は自動車の開発の困難さ、家電との違いを次のように話しています。

「CESやCTECなどで車とIoTが結びつくとは言うけど、それは『結びつく』のであって、一緒になるわけではありません。例えば車は8年とか16万キロという耐久性が求められているのに対して、家電は1年保証です。冷蔵庫は10年くらい使えないといけないかもしれませんが、あまり動きませんよね。でも車は、炎天下の渋滞、オフロード、寒冷地の雪の中など、売った台数だけの使われ方があります。家の中だけで使う掃除機よりはるかに過酷で、求められる品質が大きく違います」

引き際は良かったダイソンの次のステップに期待

この技術者はまた「プリウスもなんとかモノになったのは1997年の発売から10年近くが経過した頃で、それまでは山あり谷ありだった」と指摘しました。確かに、筆者も取材したことがありますが、プリウス発売後の苦労は並大抵のものではありませんでした。

ニッケル水素電池の耐久性がない、突然システムがダウンする、パワーが足りないなどで様々な問題があり、技術者たちがそれをひとつずつ潰していったのです。そこでは資金力はもちろん、技術者が東奔西走してトラブルに対応するマンパワーが力を発揮しました。大量生産の車を売るというのは、そんな舞台裏の底力も必要です。そうしたことがベンチャー企業に可能なのかどうか、疑問が付きまといます。

また彼は「テスラの黎明期に売っていたのはロードスターというスポーツカーだったことも大きかった」と指摘します。

初代ロードスターには、試乗したこともありますが、造りはかなり乱暴な部分がありました。ギアが噛み合う音はうるさいし、道路の段差をそのまま拾うような足回りでした。EVなのに、遮音がほとんどないエンジン車のレーシングカーのような音がしていた印象です。車体についても、ドアとボディのツラ(面)が揃っていないなど、言い出せばキリがないくらいの「穴」があったと思います。

それでもロードスターは熱狂的なユーザーを獲得することに成功しました。その中にはハリウッドのセレブも数多く含まれていました。できの悪い子どもを育てるような感覚かもしれませんが、ロードスターという特殊な用途の車と、EVの先進性を求めるユーザーがマッチしたのかもしれません。だからテスラは、そうしたユーザーが育てた車、メーカーとも言えそうです。

あたりまえのことですが、EVも「自動車」です。もちろんエンジン開発は不要で、その部分では参入障壁は下がっていますが、走る、止まる、曲がることが確実にできる車を作るためには膨大な経験と開発資金が必要になります。そう考えると、EVだからといって参入障壁が低くなったとは言えないのです。

以上、かなり個人的な感想を交えていますが、EVだからといって簡単にはいかないよ、という話は複数の自動車メーカーの技術者から耳にしてきました。だからこそ、筆者としてはダイソンの撤退に驚きはありません。

ところで、前出の技術者はこんなことも言っていました。「ダイソンの引き際、経営判断はよかったと思います」と。会社が傾くまでEVに入れ込むのではなく、早期の判断で撤退したことで次につなぐことができたのは、試作品を大量に造りながら性能向上をしてきたダイソンの面目躍如なのかもしれません。次の一手に期待したいところです。

(木野龍逸)

この記事のコメント(新着順)1件

  1. こんにちは。異業種参入も一筋縄ではいかないようですね。
    ダイソンに限らずグーグルやアマゾンなどのIT産業も注目していますが自動車業界と提携しないとやっていけなさそうですね。

    逆に電気自動車を作った自動車業界も一筋縄では行かなかったと思います。世界初の量産電気自動車i-MiEVを作った三菱自動車でさえ、そのために制御ソフトや電池調達など多大な労苦を伴ってきましたから。もちろん世界最大クラスの電気自動車販売台数を誇る日産も同じでしょう。クルマつくりのノウハウがあってはじめて何とかなったと思います。
    電気自動車用蓄電池で最高性能を誇るものは今の地点でどれかは判りませんよね…個人的に現地点では東芝のSCiB(Super Charge Li-ion Battery)がベストかと思いますが容量の少なさがネックですし。

    蓄電関連の本に「電池を制するものは世界を制す」とあったのもあながち間違いではなさそうです。電力配線でさえ昨今の台風被害には脆弱なのでソーラー発電と高耐久蓄電池で電力オフグリッド可能にして凌ぐ人が増えるかもしれませんし。
    もしダイソンが東芝と組んでSCiBの供給を受けていれば…そんなこと考えたことがある人はいませんか!?(僕だけかも)。

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					木野 龍逸

木野 龍逸

編集プロダクション、オーストラリアの邦人向けフリーペーパー編集部などを経て独立。1990年代半ばから自動車に関する環境、エネルギー問題を中心に取材し、カーグラフィックや日経トレンディ他に寄稿。技術的、文化的、経済的、環境的側面から自動車社会を俯瞰してきた。福島の原発事故発生以後は、事故収束作業や避難者の状況のほか、社会問題全般を取材。Yahoo!ニュースやスローニュースなどに記事を寄稿中。原発事故については廃棄物問題、自治体や避難者、福島第一原発の現状などについてニコニコチャンネルなどでメルマガを配信。著作に、プリウスの開発経緯をルポした「ハイブリッド」(文春新書)の他、「検証 福島原発事故・記者会見3~欺瞞の連鎖」(岩波書店)など。

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