山形県飯豊町に開設予定の『電動モビリティシステム専門職大学』が説明会を実施

山形県飯豊町に開校予定の『電動モビリティシステム専門職大学』が2022年3月6日に、2023年春の開設に向けて学校説明会を実施しました。名前の通り、電気自動車(EV)に焦点を絞った日本初の専門職大学です。これは見ておかねばということで、現地で説明を聞いてきました。

山形県飯豊町に開設予定の『電動モビリティシステム専門職大学』が説明会を実施

雪深い飯豊町でEVを学べる専門職大学

東京から山形新幹線で約2時間。豪雪地帯の米沢を過ぎ、上野樹里や貫地谷しほりらが出演してヒットした映画「スウィングガールズ」(矢口史靖監督)のロケ地、赤湯駅から車で約15分(雪がなければ!)の飯豊町(いいでまち)に、『電動モビリティシステム専門職大学』の予定地があります。

校舎入り口の通路も雪の壁に囲まれていました。

予定地とはいいつつ、施設はほとんど完成しています。床も壁も木を多用した建物は、見た目にもポカポカと暖かい感じがします。正面玄関から入ると広いロビーの奥に教室が配置されています。どの教室も廊下との敷居はガラスが多く、とても明るい造りです。

飯豊町を含む山形県南部の置賜地方は、全国屈指の豪雪地域として知られています。取材班が訪れたときも、学校の敷地は雪の壁に覆われていて、なかなか壮観でした。寒い地域はEVに向いてないという声も聞きますが、見方を変えれば厳しい条件の中でテストができるということでもあります。物事は考え方次第ということでしょう。

校舎はすでにほぼ完成しています。

『電動モビリティシステム専門職大学』は、日本で初めての、電気自動車(EV)を専門に勉強する専門職大学です。

専門職大学は2017年の学校教育法の改正で新しくできた制度で、専門学校とは違い、卒業後は大卒と同じ学士の資格を得ることができます。文科省のHPによれば、2019年からファッション、エンタテインメント、情報、アニメ・マンガ、理学療法など幅広い分野の学校が新設され、2022年3月時点で18校・科が開校しています(専門職大学、同短大、同学科を含む)。

現在、『電動モビリティシステム専門職大学』は開設の申請をしていて、文部科学省の認可を待っているところです。認可されれば本格的に学生の募集を開始し、来春の開校を目指すことになります。専門職大学は1クラス40人程度までという少人数制を想定しています。『電動モビリティシステム専門職大学』も、当初は40人とし、もしそれ以上に増えたらクラスを増やすことになります。

それにしても、なぜ山形でEVなのでしょうか。飯豊町の町長や、学長に就任予定の清水浩慶応大学名誉教授に、学校開設にかける思いを聞いてみました。

電気フォーミュラマシン制作実習を想定した工作室も。

過疎の町に知識集約型の産業を誘致

飯豊町の後藤幸平町長は、現在、2008年の町長就任から4期目の折り返しを迎えています。後藤町長はこれまでの準備を振り返り、「ようやくここまできた」と静かに言いました。

説明会と同日同会場で開催された『冬の飯豊EVフェスタ』の激励に駆けつけた、カジュアルなセーター姿の後藤町長。

「飯豊町は過疎の町で、豪雪地帯でもあります。これまでいろいろな施策をしてきましたが、若者は転入よりも転出が多く、大学を卒業した後も帰ってきません。仙台、山形からのUターンもここまでは来ない。美しい山や自然があっても、それだけでは足りないんです」

しかも就任から数年後に、町でもっとも大きな東芝関連会社の工場が統廃合で撤退することになりました。若者をワクワクドキドキさせるためには何が必要なのか。これから何をすればいいのか。後藤町長は考えたそうです。

「やっぱりこれからは地球環境を持続可能にする環境に配慮した産業、新しいものを生み出す知識集約型の産業、そういうものを人口7000人の町でなんとか可能にするものはないだろうかと考えたんです。若い世代が課題の解決に向かって将来をかけられるものは何だろうかと」

従来と同じような工場を誘致しても、また以前と同じ事が起きかねない。そうではなく、将来につながるようなものがないかと思案した末に出てきたのが、「電池バレー構想」というアイデアでした。

「たまたま山形大学と街づくりの面で連携していたことから、何かないかと話をしたら、電池の研究をしたいと。山形大学は有機ELなど先端技術をやっているんですが、電池の研究をしている研究者もいるということでした」

「気候変動対策としては国際的な目標が決まっていて、化石燃料依存型の産業からの脱却を図っています。飯豊町としても、そこに人、モノ、金を提供していくということを決めました。場所と建物は町で提供するので、あとはやってくださいと」

電池バレー構想で町と若者に夢を

説明会の看板も雪の中。背後の黒い建物は『飯豊電池研究所』の関連施設。

町はすでに工業団地の一角に2ヘクタールの土地を用意し、建物も建てたそうです。狙いとしては、ここに電池の関連工場を誘致したいということなのでしょう。後藤町長によれば、だいぶ目星はついているそうです。

「基礎研究から実用研究、人材の要請、産業化まで、切れ目のない体勢を作るということで、名称は『電池バレー』としています」

そんなわけで、『電動モビリティシステム専門職大学』は、「電池バレー構想」の中で人材育成を受け持つことになります。後藤町長はこのように言います。

「地元の人材はもちろんですが、東北、全国から若い世代の人材を招いて勉強してもらって、できれば地元に来てもらいたいですが、そんな狭いことではなく、ここで良質な出会いや交流をしてほしいですし、飯豊で学んだことをこれからのモビリティシステムの中で生かしていってほしいと思っています」

ちなみに研究の分野は、すでに『飯豊電池研究所』が稼働していて、電動草刈り機のテストや電池の試作などを行っているそうです。草刈り機は、町にとっては重要なマシン。高齢化が進む中、いかに使いやすく、作業が早朝なので静かに使えるかが大事で、町長自身も、使ってみて有用性を改めて認識したと言います。

『飯豊電池研究所』もこの日は雪に包まれました。

そしてEVについて町長は次のように評価しています。

「電気自動車も、食わず嫌いのところがあって、でもそういう不安は払拭できるんだと思うんです。雪国の飯豊町で不安なく活用することができれば、日本全国どこでも大丈夫だと思います」

指導者、そしてトップに立つ人材を育てる

では『電動モビリティシステム専門職大学』は具体的にどのような学校になるのでしょうか。学長に就任予定の清水浩・慶応大学名誉教授にお話を伺いました。清水氏はこれまで国立環境研究所や慶応大学で、EVをはじめとする次世代モビリティに関する研究を長年続けてきた、日本における電動モビリティ研究の第一人者です。

学長に就任予定の清水浩氏。

まず清水氏は、学校開設の背景についてこう話しました。

「今、車がEVに代わることが明らかな時代になっています。そうなると国内だけで、これから何万人、何十万人という新しい(技術を持った人たちの)雇用が必要になります。そういう中で、モビリティ、電気自動車のパイオニアを育てるというのが、この学校の合言葉になっています」

EVになると雇用が失われるという後ろ向きの発言が自動車業界のトップから聞こえてくることがあります。それに対して、次世代への対応を積極的に進め、雇用が失われるのではなく「新しい雇用」が生まれるという清水氏の言葉からは、見ている近未来の姿が既存自動車業界のトップとは大きく異なっていることがわかります。

清水氏はさらに、新たな雇用を担う学生だけでなく、指導者の育成も必要だと言います。

「第一線でEVの設計や開発ができる人を育てるのはもちろんですが、指導者も育てなくてはいけません。そして最終的には、自動車を生産する企業、あるいは部品を供給する企業の経営者まで上り詰めるような卒業生を育てることが必要です。そうしないと、日本の技術、自動車産業は生き残っていけないだろうと思っています。そういう目標を持って開学していきたいと思っているのです」

そして清水氏は、飯豊町でこんなことを学んでほしいと思っているそうです。

「私は、社会に出て役に立つのはペーパー、パフォーマンス、パーソナリティーという3つの P というキーポイントがあると思っています。ペーパーは論文や企画書を書く能力でオリジナリティや正確さなどが求められます。パーフォーマンスは、人にどれだけ伝えられるかという能力です。例えばプレゼン能力を上げるのは、コツさえわかれば簡単なのですが、これまでの大学ではなされてこなかった。パーソナリティは、私なりに言うと、人にいかに親切にできるかということだと思います。入学する学生のみなさんには、それをここで獲得してくれたらいいなと思っています」

海外メーカーでインターンを経験できる可能性

雪が降りしきる天候の中、大学校に興味を持つ高校2年生と保護者が説明に参加しました。

さらに、『電動モビリティシステム専門職大学』の特徴的なところがあります。まずひとつは、一般の大学と違って1年次から研究室に入れることです。たとえば従来の大学でも、慶応大学湘南藤沢校舎(慶応SFC)は1年次からゼミに入れますが、そこで教鞭を執っていた清水氏には、早い時期から専門的な研究に関わるメリットの大きさが見えているようです。

「日本の高校生を見ていると十分にレベルが高い。だからこそ、大学(専門職大学)では1年生から研究を始めていいと思っています。私は母校の仙台一高で、スーパーサイエンスハイスクールの指導員をしてきました。そこで見ていると、高校生には自分で新しいテーマを見つけて研究する能力があるんです。それなら、その能力をそのまま伸ばしていったほうがいいと思うのです」

もうひとつの特徴は、海外でインターンを経験できる可能性があることです。清水氏によれば、ドイツなどの企業では、日本人の経験者は採用することがあるが、新卒の採用はしない傾向があるそうです。

「なぜかというと、レベルが低いからだと。会社に入って一人前になった人間は採用するけれども、新卒は採用しないというのがヨーロッパの日本人に対する見方だそうです。それなら、ヨーロッパの自動車メーカー、あるいは有力なサプライヤーにインターンの対象としてお願いをしようと思っているところです」

レベルが低いのかどうかインターンの学生を見て判断してほしいということもありそうですが、それより何より、学生にとっては海外でインターンができるというのは得がたい経験になりそうです。

噂によれば、海外でインターンをする場合には費用は先方持ちになるとか。できることなら筆者も、インターンをしてみたいと思うのです。言葉さえなんとかなればですが。

大手自動車メーカーは寒い土地で育った

無事に開学できますように!

清水氏は、喫緊の課題になっている気候変動について、「化石燃料に依存した “19世紀の技術” を、21世紀の今でも使っているのが温暖化の本質だと思うんです」という持論を持っています。この話を聞いたときには、「ですよねー」とうなずきました。

また清水氏は、寒い土地でEVの勉強をすることについて、世界の自動車メーカーの多くは北緯45度にあって、雪や凍った路面を経験していることが車の設計にあたって重要で、「飯豊町には地の利がある」と明言していました。

清水氏や後藤村長のお話を伺っていると、ここでどんな授業が行われるのか、どんな学生が生まれるのか楽しみになってきます。

とはいえ、今はまだ申請の途中。実はこの学校、これまでに2回、諸事情で申請を取り下げていて、今年は三度目の正直という状況です。申請取り下げの理由はおもに経営体制などに関することで、当然、今回は懸念を改善した上での申請となっています。結果が出るのは夏〜秋頃(8月末から10月ごろと伺いました)とのことです。

ということで、まずは状況を見守るしかありませんが、無事に開校して授業が始まったら、日本で初めてのEV専門の学校でどんなことを教えているのか、今度は雪ではなく緑豊かな飯豊町へ再び見学に訪れてみたいと思うのです。

(取材・文/木野 龍逸)

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この記事の著者


					木野 龍逸

木野 龍逸

編集プロダクション、オーストラリアの邦人向けフリーペーパー編集部などを経て独立。1990年代半ばから自動車に関する環境、エネルギー問題を中心に取材し、カーグラフィックや日経トレンディ他に寄稿。技術的、文化的、経済的、環境的側面から自動車社会を俯瞰してきた。福島の原発事故発生以後は、事故収束作業や避難者の状況のほか、社会問題全般を取材。Yahoo!ニュースやスローニュースなどに記事を寄稿中。原発事故については廃棄物問題、自治体や避難者、福島第一原発の現状などについてニコニコチャンネルなどでメルマガを配信。著作に、プリウスの開発経緯をルポした「ハイブリッド」(文春新書)の他、「検証 福島原発事故・記者会見3~欺瞞の連鎖」(岩波書店)など。

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