ASFが販売予定の中国製商用電気自動車のニュースに感じる「期待」と「謎」

昨年、佐川急便へのEV供給を発表した電気自動車ベンチャー企業のASFが、2022年10月、開発中の軽商用EV「ASF2.0」をお披露目しました。お披露目会に参加したのは顧客になる事業者が中心でメディアは日経新聞関連だけだったため実車は確認できておらず、車両開発の進捗状況が気になります。ASFに現状を聞いてみました。

※冒頭写真はASF公式サイトから引用。

突然の日経報道に浮かんだ「???」

日経新聞電子版は2022年10月2日に、「中国商用EV、日本向け専用車 広西汽車が150万円軽バン」というタイトルで、中国の広西汽車集団系が日本市場に軽の商用EVバンで参入することを報じました。一充電の航続距離は230kmだそうです。日本市場に売り込むEVは、日本のベンチャー企業ASFが設計をし、広西汽車集団系傘下の五菱新能源が生産すると伝えています。

航続距離が230kmということは、多めに見て1kWhあたり8km程度走るとしても、30kWh弱のバッテリーを搭載することになります。これで実質150万円で購入できる商用軽EVが本当に実現するのであれば素晴らしいことです。

ASFといえば、1年前に佐川急便と共同で記者発表会を実施し、佐川急便で使用する宅配用軽自動車をEV化して脱炭素社会の実現に取り組むことを発表したスタートアップ企業です。

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昨年4月の発表会で明らかにされたことをおさらいすると、量産開始時期は2021年9月中で、納車の開始は2022年9月頃を予定していました。また佐川急便は昨年時点で7200台の軽自動車を運行していて、これを2030年までに100%EV化する計画でした。

2021年、佐川急便と共同で発表されたASFの軽商用EVの試作車。

新たに導入する予定のEVは、ASFが佐川急便の意見を採り入れながら企画、開発を進め、中国、柳州市にある五菱汽車の工場で生産をする予定だということでした。

なお、計画していた車のスペックは次のようなものです。

全長/3395mm
全幅/1475mm
全高/1950mm
定員/2人
航続距離/200km以上

ただし、発表会の時にはバッテリーの種類、メーカーなどは未定でした。

それから1年半が経過した10月に突然、日経新聞が、ASFが生産を委託する相手先の五菱汽車のグループが、ASFが設計したEVを2023年に日本市場に売り込むと報じたのです。

ASFが生産を委託したメーカーの工場で作った車を、委託先のブランドで日本に導入するなんて、なにがなんだかわかりません。意味不明な時には、直接、確認するに限ります。ということで、ASFに聞いてみました。

計画に大きな変更はなかった

電話取材への対応は、ASFの広報担当の方でした。単刀直入に、「2023年に広西汽車集団が日本に、ASF設計のEVを“売り込む”とはどういう意味か。“売り込む”というのは、発売するということではないのか」と聞いてみました。

回答を整理すると、こうなります。

まず、報道に出てきた五菱新能源とASFは提携をしています。本格的な生産に向けて作業を進めているのは事実でした。このあたりは、昨年の発表と変わりありません。

一方で、日経新聞に書かれていたように、ASFで開発した車を五菱で生産し、それを五菱が日本市場に展開するということはなく、日本市場に入る車はASFのブランドになるということでした。生産は中国の柳州市にある五菱新能源の工場で行います。

またバッテリーは、報道の通りCATLを搭載します。

ちなみにモデル名は、現時点では『ASF2.0』と呼ばれています。日本に導入するのはこのEVになります。

『ASF2.0』は、昨年、佐川急便で発表したものと基本的には同じスペックだそうです。ASF広報担当者によれば、『ASF2.0』は「佐川急便と企画段階から、佐川で車を使用しているドライバーなどの声を反映してつくってきた」ものです。

同時に、『ASF2.0』の開発にあたっては「五菱からも強い支援をもらい、できれば低価格で高性能にしたいというニーズをくんでもらい、製造に協力してもらった」(ASF広報担当者)そうです。

ただし、「佐川専用の車ではなく、まずは最初の顧客として佐川急便に納車するが、その後は販路拡大を目指す」(ASF広報担当者)と言います。

販売は、ASFが直接販売するのではなく、基本的にはリースになる予定です。

ASFは2022年9月22日に第三者割当による増資で約12.5億円を調達したことを発表しました。出資者には、過去にも出資をしているコスモ石油マーケティングのほか、ファンドや個人投資家、JA三井リースなどが含まれています。

ASF広報担当者は、JA三井リースが参加したのは『ASF2.0』を使ったリース事業と関係があると話しています。そう聞くと、いろいろとふに落ちてきました。

価格は補助金込みで150万円程度になるかもしれない

どんどん行きましょう。次は価格です。日経新聞では、価格は補助金込みで150万円前後になると書かれていました。実際はどうなのでしょうか。

ASF広報担当者はこの点について、「為替による影響も出るだろうが、見込まれている補助金を含めると150万円になるように努力している」と話しました。

では想定している補助金はいくらなのでしょうか。この質問に対する回答は、「省庁によって異なる。また行政によっても一律ではない。明確に想定はしていないが、おそらく適用されるだろうという額がこのくらいだと150万円前後になるだろうということで、上代は非公表」と、ちょっと曖昧でした。

想定している補助金というのは、現在であれば現実的なのは経産省のCEV補助金と、地方自治体が独自に設定している補助金です。経産省の補助金は航続距離によって違いが出てくるほか、地方自治体の補助金まで含むとなると東京都の45万円から、下はゼロ円まで幅が広いです。

もし東京都の補助金まで想定しているとしたら、車両価格は200万円を大きく超える可能性もあります。想定していなければ200万円程度でしょうか。

この価格帯になると、2024年前半にホンダが発売を予定している軽EVや、三菱が販売を再開するミニキャブMiEVなどとも真っ向勝負になりそうです。とくにホンダの軽EVは補助金なしで100万円台にする計画です。このほか、2023年度にはスズキ、ダイハツ、トヨタ、CJPT(Commercial Japan Partnership Technologies株式会社)が軽商用EVを発売する予定です。

EVの経験がある三菱やホンダと、工場ではEVの経験があるもののEVを企画、開発するのが初めてのASFが正面からぶつかる状況はASFにとって厳しいように思いますが、どうなるでしょうか。いずれにしても、多様なプレイヤーが参入して市場が活性化するのは、EV市場にとってプラスになるのではないでしょうか。

納車は少し遅れて来年になる予定

ところで、昨年4月のASFと佐川急便の発表会では、最初の納車は2022年9月頃という説明でした。でもすでに10月です。どうなったのでしょうか。

結論から言えば、遅れているそうです。ASF広報担当者は「量産に向けて準備を進めている。少し遅れている部分はあるが、量産1号車が9月に日本に入ってきたので、今回、試乗を行った」と説明します。

「試乗」というのは、10月1日~3日にかけて実施した事業者向けのお披露目会のことです。ちなみにメディアは、日経関係だけを呼んでいたそうです。道理で他の媒体でまったく情報を見ないわけです。

EVsmartブログでも乗ることができないかと思ったのですが、今はお披露目会後の整備中で、すぐに乗るのは難しいようでした。なので、改めてチャレンジしたいと思います。

日本市場に入ってくるのは来年の予定ですが、何月というのは明確ではありません。これから何千台も輸入(日経報道によると年間2万台の生産を計画)するのであれば、型式認定の取得も必要ですが、今はまだ作業中です。ASF広報担当者は「来年、できるだけ早いタイミングで(佐川急便に納車できるよう)動いている」と言います。

ただ、1号車の納車時期と、型式認定の取得時期は少し前後するかもしれないという見通しも述べています。ASF広報担当者は「試作車のナンバーも取れている」ので、当初は特例で対応し、その後に型式認定を取得した車を入れていく、同時並行も想定していると話しています。

とはいえ、特例での輸入は海外で型式を取っているなどの実績がある車に限られます。今回は新開発EVのはずなので、輸入車特例で多くの台数を入れるとしてもハードルは低くないかもしれません。

保守点検のサービスはJRSと連携

最後になりましたが、車を販売するときにもっとも重要なポイントと筆者が思っている、保守点検の体制はどうなるのでしょうか。この点は割と明確で、JRS(日本ロードサービス)との連携を予定しているそうです。

ASF広報担当者は「アフターサービスを含めて、販売後のフォロー体制を構築したい」と話しています。現時点ではASFの技術者が車を見ていますが、本格的に導入となれば体制はおのずと変わってくると考えられます。

ということで、「まずは1号車を使い、日本の環境でチェックをして、可能な限り微修正したり、本格量産の前に化粧直しをして、来年から市場投入したい」(ASF広報担当者)というのがASFの目論見です。

さらには、「まずは商用車からスタートして、車種拡大もしていきたい。再生可能エネルギー、充電設備などとセットにしたり、販売方法もリースに加えてサブスクも考えている」(ASF広報担当者)と強調しました。

なお、ASFの現在の社員数は10人ほどで、今は自動車メーカーからの転職者も在籍しているそうです。昨年の発表会の時、ASF社内に自動車関係者はひとりもいないという説明を受けたのですごく不安だったのですが、この点は少しだけとは言え減少しました。

車を作って売るというのは容易なことではありません。車が道路を走るということには、人の命がかかっていることが意外に忘れられがちだったりします。乗っている人だけでなく、歩行者の命もかかっています。

それだけに安全装備や安全対策は、現代に適応したものが必要と思います。交通量が少ない地方の道を、時速20kmとか30kmで走る車と、高速道路を時速120kmで走る車が同じ安全性能を持つ必要があるとは思わないものの、日本の大都市や高速道路を走るのであれば、安全性能を除外するのは難しいでしょう。

佐川急便が使用するのであれば、企業姿勢としても『ASF2.0』の安全性能はしっかりと確保する必要があります。その上で、車体価格がいくらになるのか、リース料金がいくらになるのか、公式発表を待ちたいと思います。

(取材・文/木野 龍逸)

この記事のコメント(新着順)3件

  1. 見ている限り行政の壁が厚いと感じました。自動車価格の高騰も省庁の決めた法律が多すぎてメンドクサイのが原因だと指摘する声がありますし。
    それゆえ海外製の電気自動車がなかなか日本へ入ってこないとも見て取れます。低価格が売りの宏光MiniEVとて日本の軽規格逸脱や灯火規制不適合などあらゆるところで問題があり輸入できないと聞いてますんで。仮に適合させたら百五十万円オーバーは間違いないです。
    あとは充電が問題、チャデモに対応していないとガソリン車からの乗換えも進まないんやないですか!?15分で10kWh充電できないと移行が進まないとも思った次第。

    古い話で恐縮ですが豊田自動織機の創業者・豊田佐吉氏によると電気自動車普及には電池重量225kg・航続距離400km(原文を現代の単位へ変換)の達成が目安。道路事情の違いを加味してもJC08モードでの達成車種は皆無ですよ(参考として自ら語った動画リンクを張ります)。
    もっとも一泊二日の移動を想定していたから半分の200kmなら三菱eKXEVの宿泊先充電で事足りますが商用車は皆無…せめてミニキャブミーブバンを1充電200kmに対応させてくれればと思いますよ。

  2. 一般向けがリリースされるとして(仮定ですが)、4人乗り仕様やキャンピングカー仕様など発展が楽しみです。
    普段ミニキャブミーブバンに乗っているので、このカテゴリーが盛り上がる(選べるようになる)ことは有り難いです。

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					木野 龍逸

木野 龍逸

編集プロダクション、オーストラリアの邦人向けフリーペーパー編集部などを経て独立。1990年代半ばから自動車に関する環境、エネルギー問題を中心に取材し、カーグラフィックや日経トレンディ他に寄稿。技術的、文化的、経済的、環境的側面から自動車社会を俯瞰してきた。福島の原発事故発生以後は、事故収束作業や避難者の状況のほか、社会問題全般を取材。Yahoo!ニュースやスローニュースなどに記事を寄稿中。原発事故については廃棄物問題、自治体や避難者、福島第一原発の現状などについてニコニコチャンネルなどでメルマガを配信。著作に、プリウスの開発経緯をルポした「ハイブリッド」(文春新書)の他、「検証 福島原発事故・記者会見3~欺瞞の連鎖」(岩波書店)など。

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