新世代電池セル「NMC811」の大量生産に遅れ

2018年の夏の終わりごろには生産が軌道に乗り、いくつかのEVに積まれるはずだった新生代電池セル「NMC811」に遅れが出ています。2018年生産開始を発表していた韓国の電池メーカー「SK Innovation」と「LG Chem」は、ともに供給を延期または小規模化しました。

韓国SK Innovationがアメリカに大規模電池工場を建設の方向

Pedro Lima氏が電気自動車(EV)や駆動用バッテリー、電池セルについての最新情報を発信しているサイト「PUSHEVS」の2018年7月29日の記事によると、「2018年の『第三四半期』ごろには生産が軌道に乗り、世界のいくつかのEVに積まれる」と発表していた新生代電池セル「NMC811(第一世代、以後特記しない限り『第一世代』を示します)」ですが、現状は大量生産が始まるとは言えない状況だということです。大量生産を予告していたのは韓国の「SK Innovation」で、それを受けて「SK Innvationより早くNMC811を出荷する」と表明していた「LG Chem」のどちらもが、供給を延期するか小規模化すると言いだしました。「NMC811」と言えば、先日の当ブログ記事で「BYDも今後これを生産すると言っている」とお伝えしたばかりです。

ここで、「NMC811(NMC: Nickel-Manganese-Cobalt  cathode、『NCM811』という表記も見られます)」について少し解説します。この電池セルは、従来のNMC622を進化させたもので、「カソード(cathode)」が「ニッケル8:マンガン1:コバルト1」の割合で配合された電池セルです。ニッケルの割合が従来の「NMC622(ニッケル6:マンガン2:コバルト2)」に比べて6から8に増えたことで、「エネルギー密度」を上げることができ、より大電流を扱うことができます。また、さらに重要なポイントは「レアメタル」である「コバルト」の量を半分に減らしている点です。

レアメタルのコバルト。この希少性から「EV普及の壁」とされる。BBC World Serviceのサイトから転載。
レアメタルのコバルト。この希少性から「EV普及の壁」とされる。BBC World Serviceのサイトから転載。

コバルトは希少な金属のため供給量に限りがあり、これが「EV普及の壁」になっていると言われています。さらに、コバルトの主産地が、政情不安とエボラ出血熱に加え、採掘にあたるのが児童という問題(Child Labor)が後を絶たないアフリカの「コンゴ民主共和国(DRC: Democratic Republic of the Congo)」である点も、コバルトをEV普及のボトルネックにしています。

この点、テスラは「モデル3」に使用する電池セル「NCA(Nickel Cobalt Aluminum)」からは、コバルトの使用量をわずか3%前後まで落としています(NMC811はまだ10%程度)。Elon Musk氏は「将来的にはコバルトの使用量を0%にする」とも述べています。Panasonicとテスラの作るNCAからも、今後も目を離せませんね。

さて、NMC811に戻りましょう。この電池セルももちろん利点だけではありません。「8:1:1」の配合だと、「温度に対する安定性」が少し損なわれます。もっとも、電池セルの設計は常に「妥協の産物」です。「エネルギー密度」、「出力特性」、「生産コスト」、「寿命」といった「変数」をどう「配合」するかで、どこかに「落としどころ」を見つけなければなりません。(さらに詳しくお知りになりたい方は、このサイトが参考になります。英語です。)

KIA Niro EV。NMC811初搭載は難しいようで、従来からのNMC622を積んで登場するようです。KIAの公式サイトより転載。
KIA Niro EV。NMC811初搭載は難しいようで、従来からのNMC622を積んで登場するようです。KIAの公式サイトより転載。

現行のNMC622電池セルを搭載したEVでは、現実的な設計からすると、航続距離は「(より現実的な)EPA」で最大400km程度と見積もられています。今回話題にしている「第一世代のNMC811」は、この航続距離を「100km(25%)」ほど増加させるとされています。これに対し、2020年ごろを実用化の目途としている「第二世代のNMC811」は、第一世代までは手を入れていなかった「アノード(anode)」を変更して、航続距離を700km程度まで上げると考えられています。

「SK Innovation」は2017年に、「EV向けのNMC811は2018年には生産を開始する」と発表しました。その数日後、ライバルの「LG Chem」が「同じ組成の電池セルを、SK Innovationよりも先に生産する」と表明して話題となりました。ところが今や、両社の計画とも雲行きが怪しくなってきました。2017年時点での両社の発表に対して、実現できる目途がついたことを発表したのではなく、「それ以外の意図」があったのではないかといぶかる動きもあります。「株価の吊り上げ」が目的だったのではないか、という批判です。

こうしたなか、LG Chemは先ごろ、「2018年に関しては、円筒形状のNMC811電池セルを『電気バス』向けにだけ生産する」と発表しました。SK Innovationも似たような状況で、先ごろ「EV向けNMC811の供給を延期する」と態度を明らかにしています。どうやら両社とも、NMC811の大量生産にはいまだ自信がなく、「より小さな規模でのテスト」を繰り返しているようです。「電気バス」に積んだり、「蓄電システム(ESS: Energy Storage System)」で試したりといった形です。

Mercedes Electric EQ SUV。NMC811を最初に搭載すると見られています。Mercedes-Benzの公式サイトより転載。
Mercedes Electric EQ SUV。NMC811を最初に搭載すると見られています。Mercedes-Benzの公式サイトより転載。

NMC811を最初に搭載するとされていた車輌は世界にいくつかありますが、そのうちのひとつ、韓国の「起亜自動車(KIA: KIA Motors Company)」の「Niro EV」も、どうやら現行の「NMC622」のままでいくことになりそうです。じっさい、現段階で発表されているスペックからすると、NMC622の性能レベルのように思われます。現実的に見て、最初に搭載することになるのは、メルセデスの「Electric EQ SUV」になりそうです。これはNMC811を70kWhほど積んで、おおよそ500kmの航続距離を達成する予定です。

このように、韓国の二大メーカーの動きは気になります。うまくブレイクスルーを達成して、EVの世界を広げてもらいたいものです。いっぽう、世界トップレベルの電池セルメーカーである中国のCATLとBYD、それにPanasonicがどう出るか、今後の動きを注視してゆきたいものです。

(文・箱守知己)

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					箱守 知己

箱守 知己

1961年生まれ。青山学院大学、東京学芸大学大学院教育学研究科、アメリカ・ワシントン大学(文科省派遣)。職歴は、団体職員(日本放送協会、独立行政法人国立大学)、地方公務員(東京都)、国家公務員(文部教官)、大学非常勤講師、私学常勤・非常勤講師、一般社団法人「電動車輌推進サポート協会(EVSA:Electric Vehicle Support Association)」理事。EVOC(EVオーナーズクラブ)副代表。一般社団法人「CHAdeMO協議会」広報ディレクター。 電気自動車以外の分野では、高等学校検定教科書執筆、大修館書店「英語教育ハンドブック(高校編)」、旺文社「傾向と対策〜国立大学リスニング」・「国立大学二次試験&私立大学リスニング」ほか。

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