※冒頭写真は決勝レース当日朝のエントランス。不安になるくらい静かな雰囲気でした。
駅からの道の静かさに「ほんとにレースあるの?」と不安
3月30日、土曜日の朝7時。りんかい線・国際展示場駅を降りると、私を待っていたのは普段と何も変わらない休日のオフィス街でした。高層ビルが作るだんだら縞の影ばかりがやたらと目立つ有明の地は、まるでキリコの絵みたいに現実感がなく、ついでにひと気もない。ここからわずか5分歩いた先で、まもなく電気フォーミュラカーによる日本初の公道レースが始まろうとしている……とはとても思えません。
会場へ近づくにつれて、人の数は少しばかり増加。路肩には警察車両が何台も並び、封鎖した道路上では警備員が誘導棒を忙しそうに振っています。よく見れば電信柱やバス停のそこかしこに「交通規制のお知らせ」のチラシが貼られ、規制看板がそこかしこに立てられてもいる。それでもやはり街はしんと静まりかえっていました。
フォーミュラE「東京E-Prix」と、併催する「E-Tokyo Festival」の大看板が設置されたビッグサイトの表玄関をくぐり、いざ東棟の館内へ。サーキットといえば、ゲートに足を一歩踏み入れれば耳をつんざくようなエンジン音や実況アナウンス、人々の喧騒、そして排気ガスの匂いが出迎えてくれるはずなのに。館内はさすがにそれなりの人出ではあるものの、やっぱりほとんど無音かつ無臭。レースの気配はまるでありません。
「ファンビレッジ」は熱気でいっぱい
本当にレース、やるんですよね……? と不安な気持ちが一転したのは、東棟の展示ホール内に設けられた「ファンヴィレッジ」に入ったとき。広大な屋内展示場には、人、人、人。パブリックビューイング用の巨大ディスプレイをはじめ、シミュレータゲーム、スロットカー、EVカート、タイヤ交換チャレンジといったゲームコーナー、キッチンカーが並ぶグルメコーナー、ファングッズなどを販売するショップコーナー、スマホ充電コーナーなどがところ狭しと並んでいます。そして、ほぼすべてのエリアで行列ができているほどの大賑わい。
なお、この「ファンヴィレッジ」というのはフォーミュラEの会場に必ず設けられるエンタメゾーンで、今回の東京大会では金融グループ・アリアンツのスポンサーシップのもと、すべての来場者に無料開放されていました。ちなみに、ポディウム(表彰台)もここファンヴィレッジ内に設置されています。無料でレースの表彰式を間近に見られるなんて、かなり貴重な機会です。
熱気に満ちたファンヴィレッジから屋外へ出ると、すぐ目の前に広がっていたのが特設の公道サーキット。金網で仕切られたコースは全長2.582kmで、コーナー数は18(参考までに、つくばサーキットコース2000は全長2.045km、コーナー数14)。それ以外に、ピットガレージにパドック、レースコントロール、計時室、監視ポスト、サービスロード、観戦エリアといったサーキットに必要な設備が今日のためだけに設置されています。
基本的には1日だけのフォーミュラEレースのために作られたコースですが、FIAにより、コースの幅や距離はもちろん、グリッド長から勾配、排水性、ランオフエリア、防護区画、バリア、広告表示構造物に至るまで非常に細かく厳しい規則が定められています(国際モータースポーツ競技規則付則O項より)。
もちろんコースだけでなく、パドックエリアに至るまで「臨時」「仮設」とはとても思えないクオリティ。本格的なサーキットがそのまま小さくなって引っ越してきたような雰囲気です。でも、きっと来週末には、普段の広い駐車場やオフィス街として元通りの景色になるのでしょう。まさしくつわものどもの夢の跡。
電気音と風切り音が意外なほどの迫力
観客席はカテゴリーAからDまで用意されていて、チケット価格は最もエリアの広いカテゴリーA(ホームストレート沿い)が2万4000円、タイトコーナーセクションに設けられたカテゴリーB席が1万8000円、立ち見席にランチBOXや専用スペースへのアクセス権などをセットにしたカテゴリーD+が4万6000円など、独特の設定。
なお、フォーミュラEは1日で予選と決勝が行なわれるのが基本的なフォーマットで(例外として土日両方で実施するダブルヘッダーもあり)、この日の主なスケジュールは以下のとおり。
8:00 フリー走行
10:20 予選(グループステージ)
11:05 予選(デュエルステージ)
12:30 サイン会(ピットウォーク)
15:04 決勝
16:00 表彰式
フリー走行がスタートする8時。トラス組みの仮設観客席ではシートが徐々に埋まり始めます。立ち見エリアにもぼつぼつ人が集まり出しました。
通常は走行前になるとピットガレージから盛大なエンジンサウンドが響きわたるものですが、フォーミュラEの場合そうした「前奏」は無し。その代わり、電気音とでも言うべきモータやインバータ、トランスミッションが発する独特のサウンドとともに、マシンが突如としてコースに現われます。なお、フォーミュラEのマシンが発する音は約80デシベルとのこと(平均的な市販EVの場合、およそ70デシベル程度)ですが、思った以上に迫力のあるサウンドに感じられました。
「EVレースは音がないから面白味に欠ける」
そんな声を聞くことも多いですが、今回、それがまったく間違った認識であることがわかりました。
先ほどの電気音にくわえて、なんといっても印象的だったのが風切音。フォーミュラカーが時速300km近い速度で風を切り裂くときの猛烈な音圧は、とにもかくにも大迫力! 「イェーーーーーーン(と私には聴こえたモータ音)!!」に、風切音の「ボァーーーーーッ!!」が重なるEVレースならではのサウンドは、現地にいなければ体感不可。皆様におかれましては、次回のフォーミュラEは是非生で観戦されることをお勧めします。
ピットウォークでもサービス満点
練習走行、予選が終わると、ピットウォークの時間。ピット前に置いたテーブルで、ドライバーたちが思い思いの品へサインをしてくれるのが目玉サービスです。F1のピットウォークの場合、ピットと観客の間にパーテーションが置かれ、ちょっと離れた場所からしかチームの様子を見られませんし、サイン会もありません。
もちろん今回もパーテーションはあるものの、距離が近い! しかも選手と直接触れ合うことができるとあって、ピットウォークは芋の子を洗うような人混みでした。この距離感は、まだフォーミュラEが草創期の発展途上にあるレースだからかもしれません。F1に比肩するレースになったらこうはいかないでしょう。やはり今のうちに現地観戦するのが吉です。
そうこうしているうちに、あれよという間に決勝のスタート進行が始まります。このタイトでコンパクトな時間設定は、フォーミュラEの特長。1日で予選から決勝まで見られるから、週末の時間を有効活用できるし、気軽に観戦できるわけですね。もちろん都市部開催だから交通アクセスも◎。これなら家族や知人が熱烈なクルマ好きやレースファンでなくても誘いやすいですよね。
手ごろな観戦チケットをたくさん販売すればいいのに
決勝になると観客席は当然ながらどこも満席。ちょっと気になったのが、チケットは発売即完売だったものの、スタンド席では金網のフェンスが邪魔でコースが見えにくかったりしたことです。
ホームストレート脇のエリアには大型ビジョンが設置され、コースの生音を聞きながらレースを楽しめる(疾走するマシンの姿も垣間見える)空間があるものの、レース中はみんなスタンドや立ち見席へ入っているので人の姿はまばらなのでした。
この日の来場者数は2万人と公式アナウンスがありましたが、これはファンヴィレッジも含めての数字です。もっと手ごろな価格で入手できて、スタンド席はなくてもいいからコース脇の臨場感を楽しめるチケットの販売枚数を増やして、サーキット側にもっとたくさんのお客様を入れたらもっと盛り上がったろうに……、というのが素直な感想です。
もっとも今回は初の試み。まずは様子見、かつ安全&スムーズな運営を徹底し、次回以降は入場者数を増やす想定では? と邪推しています。
約2.6kmのコースを33周で競う決勝は40分ほどで勝敗が決してしまうから、体感としては「あっ」という間。コースの狭さゆえ、抜きつ抜かれつの攻防はなかなか見られないものの、観客席とコースが近いうえ、マシン同士の距離もヒヤヒヤするほどタイトでスリリング。レース後半になると実況画面には各チームのバッテリ残量が表示されるので、「え?それで最後までもつの?」「ブレーキでこんなに回生されるんだ!」と、ハラハラさせられたり発見があったり、見る側には飽きる暇もありません。
セーフティカーが導入されると、サッカーのアディショナルタイムよろしく周回数が追加される(=バッテリーマネジメントが生命線のレースカーにとって、超難題!)など、独特のルールもあって、単に速さを競うだけではない面白みが随所に秘められています。今回も実際2周が追加されて35周の決勝レースとなったのですが、それでも残量0%でゴールするチーム勢の「マネジメント力」には恐れ入る次第でした。
前述の追加周回ルールにくわえ、アタックモード(通常の300kW出力に50kWを追加して走行できるモード。ただしドライバーはレーシングラインを外れたところに設定されるアクティベーションゾーンを通過しなければならない)など、フォーミュラE独自のルールがレースの面白みをぐっと増しているのは確か。バッテリー残量の表示を見ながら、各チームの戦略を読むのも一興でしょう。
そう、フォーミュラEにはフォーミュラEにしかないレースの楽しさがある。しかし、だからこそ今回現地で観戦してつくづく実感したのは、それらの解説がもっとわかりやすく客側に伝えられる仕組みが欲しい! ということ。
観客席の随所に設置された巨大ビジョンはもちろんのこと、例えば立ち見できるエリアにもっとコンパクトなものでも構わないからディスプレイを潤沢に用意して、誰もがいま何が起こっているのか、なぜこのドライバーはアタックしないのか、各チームにどんな選択肢があるのか等々、逐一わかりやすい“補足情報”を提供すれば、もっとみんながレースに夢中になれるはず。
フォーミュラEには専用アプリがあってライブ配信もされていましたが、生で観戦しながら慣れないアプリでほしい情報を見つけるのはなかなか難しかったです。
ファンヴィレッジには、足踏みで電力を起こして走らせるEVミニカーや、水素エンジン発電機を使ったフードトラックなど、よくよく見ると押し付けがましくない程度に「電気」のメッセージがあちこちに散りばめられていました。遊びながら、楽しみながら、いつのまにか電気のことを少しだけ意識している……を実現する遊び心ある仕掛けが随所に見られました。
フォーミュラEの主役はもちろんレース。なればこそ、ファンヴィレッジに負けないように、「レースのやり方」だけじゃなく「レースの見方」にも、ぜひとも新しい工夫を取り入れてもらいたい! と思った次第です。
取材・文/三代 やよい
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