車いすのレーサー青木拓磨がジャガーアイペイスでのレース挑戦を振り返る

フォーミュラEのサポートレースとして開催されたワンメイクレース「JAGUAR I-PACE eTROPHY」で今シーズン全10戦中8戦に参戦。最終戦を終えて帰国した青木拓磨選手に今シーズンのチャレンジを振り返ってもらいました。

車いすの元GPレーサー青木拓磨がジャガー アイペイスでのレース挑戦を振り返る

袖ケ浦フォレストレースウェイで独占インタビュー

ジャガーのピュア電気自動車「I-PACE(アイペイス)」によるワンメイク・レース「JAGUAR I-PACE eTROPHY(eトロフィー)」は、電動フォーミュラマシンで争われるFIAフォーミュラEのサポートレースとして、2018-2019シーズン(シーズン5)からスタートしたシリーズです。残念ながら2年目となる今シーズンは途中でシリーズ終了のアナウンスがなされてしまいましたが…。このシリーズに日本人として初めて参戦したのが、青木拓磨選手です。

シーズンが終了し、ドイツ・ベルリンでの最終レースから帰国後、2週間の自主隔離期間を経た青木拓磨選手。9月2日、健常者と障がい者が一緒にサーキット走行を楽しむHDRS(ハンドドライブ・レーシング・スクール)という、自ら主催するスクールの会場で、eトロフィーへのチャレンジを振り返るインタビューに答えてくれました。

eトロフィーで使用するマシンは、ジャガー初のEVであるアイペイスをベースとしたレーシングカーです。市販車と同じ容量90kWhのリチウムイオンバッテリーを搭載し、パワーユニットは最高出力400PS、最大トルク700N・mを発揮。0→100km/h加速は4.5秒、最高速度は205km/hの実力を持っています。

青木選手は、元2輪レーサーで、世界最高峰のロードレース世界選手権(WGP)にフル参戦を開始した翌年の1998年に事故で下半身不随となり、それ以後、活動のフィールドを4輪レースの世界に移し、車いすレーサーとして活動を展開しています。これまでパリダカやアジアンクロスカントリーラリーなどに参戦、さらに世界三大レースのひとつと言われるル・マン24時間レースへの挑戦を目指し、積極的にレース活動を行っている車いすのレーシングドライバーです。

今回のeトロフィー参戦は、市街地レースであるフォーミュラEを神奈川県横浜市に誘致するために設立された「TEAM YOKOHAMA CHALLENGE」というチームからの出場となり、ゼッケンナンバーは、青木選手が長年使い続けている「24」となっています。

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青木選手が使用するアイペイスは、他の選手と同じ仕様というわけにはいきません。車両にはイタリアのグイドシンプレックス社のハンドドライブユニットを組み込み、上腕の操作だけで走行できるように仕上げた特別仕様のマシンとなります。

初戦から3位表彰台を獲得

通常のレースシリーズと異なり、秋に開幕して年をまたいだシーズン期間。市街地コースで行なわれるこのeトロフィーの2019-2020シーズン。青木選手の参戦はそのサウジアラビアでの開幕には間に合わず、2月15日(土)の第3戦メキシコ戦からの参戦となりました。

青木選手にとってこの初戦は、予選セッションのキャンセルがあり、マシンと初めてのコースに慣れることに専念して走行したフリー走行の結果による最後尾からのスタートと、厳しいレースとなることも予想されました。

しかし、決勝レースではスタート直後に2台を追い越し、さらにレース中に4台を抜いて総合5位(プロクラス3位)を獲得し、初レースで表彰台に上がることとなりました。

この後に続くはずであったスケジュールは新型コロナウィルス感染拡大の影響を受けて中断。3月の第4戦中国戦以降7月のイギリス・ロンドンでの最終戦までの7戦をキャンセルし、代わりに第7戦を開催する予定であったドイツ・ベルリンで第4戦から第10戦までの7戦を一気に行うということとなりました。

特設コースでの厳しい連戦に挑む!

ベルリン・テンペルホフ空港に設置された特設コースを舞台に、8月5日(水)に第4戦、6日(木)に第5戦。一日置いて8日(土)に第6戦。続く9日(日)は、午前と午後に一戦ずつ。そこから中2日空いて第9戦が12日(水)に、そして最終戦となる第10戦が13日(木)に行われるという、8日間で7戦を行う超過密スケジュールのレースフォーマットとなりました。すべてのレースが残念ながら無観客でのレースとなり、さらに会場は関係者の総入場者数を1000人以下に抑えるという制限もかかる中でのレースウィークとなりました。

ベルリン入りした青木選手は、5日間の隔離生活、2回に及ぶPCR検査で陰性の判定を受けて、8月4日(火)に初めてコースの下見をし、ここまで触れないままだったアイペイスに半年ぶりに乗車し練習走行をこなしました。

翌5日(水)には午前中に予選、夕方には決勝というスケジュールで過密なレースウィークがスタートしました。その予選では前日からの路面状況の変化に合わせ込みができないまま10番手で走行を終え、第4戦決勝レースは9位(クラス7位)。続く6日(木)に開催の第5戦では予選は9番手、決勝では接近戦を展開するもののなかなかポジションアップにつながらず、アタックモードでいったんは7番手にまで浮上することもあったのですが、最終的には前日同様9位(クラス7位)でチェッカーを受けました。

オフ日を挟んで8日(土)に開催となった第6戦からはコースが反対周りのレイアウトへ変更となりました。さらにこの日は、第6戦と第7戦の2度の予選セッションを経て、決勝レースです。第6戦の予選は7番手タイムを記録したものの、セッション終了間際にウォールにヒットしてしまい直後の第7戦の予選では走行叶わず最後尾スタートとなってしまいました。第6戦では、反対周りの新しいレイアウトのコースを果敢に攻め6位フィニッシュ。

続く9日(日)は第7戦及び第8戦の決勝を行うダブルヘッダー日。最後尾スタートの24号車は1周目からアタックモードを使用する積極的なレース展開で一時7番手まで順位を上げ、最終的には8位(クラス7位)でレースを終えました。続く第8戦は第7戦の結果のリバースグリッドとなり、スタートから一気に前に出て一時は2番手まで順位を上げましたが、アタックモードを使うタイミングも悪く7位(クラス5位)でした。

2日間のオフの後に、またしても若干レイアウトが変更されたコースで、非常に暑くなった12日(水)に第9戦が開催されました。車両の状態が「今までで一番良い」という状況だったものの、終始接近戦を展開するバトルが繰り広げられた決勝ではアタックモードでミスを犯し結果は9位でした。

そして迎えた13日(木)の最終戦。7番グリッドから迎えた決勝ではスタートで一気に5番手まで順位を上げたものの、レース中に降った小雨も影響し、タイヤをウォールにヒットしてしまったこともあり後半はペースを上げられず7位でチェッカーを受けました。

結果、今季初参戦となった青木選手は、参戦初戦の第3戦メキシコシティでのプロクラス3位が最上位フィニッシュ。第1戦2戦不出場ながら、全42ポイントを獲得しシリーズランキングはプロクラス6位となりました。

ぶつかり合うレース対応やアタックモード活用が難しい

千葉県の袖ケ浦フォレストレースウェイで開催された「ハンドドライブ・レーシング・スクール」のランチタイム。サーキット内のレストランで、青木選手にeトロフィー参戦の印象をインタビューすることができました。

青木拓磨選手のコメント

ベルリンは、まず現地に入るまでがひと苦労でした。レースに出場するということで、ベルリン市長からのレターも出してもらって準備したのですが、羽田のチェックインで足止めされて、なかなか出国できず。これは今までのレース経験で一番厳しかったですね。

ベルリンの連戦で思うような結果が出せなかった大きな要因はセットアップでした。当然、チーム間で車両のセットアップの情報は一切もらえない。また、ガレージとピットの場所は離れていて走行セッションの時にセットアップの大幅な変更はできません。そうでなくても走行のチャンスは少ないですしね。

集中してレースがあるのですが、路面状況も日々変わっていくし、最善のセットアップを見つけていくのが難しかった。やはり複数台を走らせてその情報を持っていて、さらに2シーズン目を戦ってるチームとの差は大きいです。ゲスト参戦ドライバーにはWECやスーパーGTで戦ってきた選手もいるんですが、彼らも残念ながらフルシーズンでeトロフィーに参戦している選手にはかなわないですよ。

車両単体を見ても、普通のドライバーと違ってこちらは12〜13㎏近い手動装置を搭載しているってことも影響はあったと思います。

また、eトロフィーのレースはとても激しいバトルが繰り広げられます。海外のレースですから、ぶつかるのは当たり前ってのもわかるのですが、日本人にはやはり理解できない面がある。ぶつけられて『こんなにやられた!』って言ってもチームスタッフからは『キスだろ』って返されちゃう。ぶつかり加減というか、そのあたりの感覚はやっぱり難しいですね。

また、今回のベルリンのコースはとても抜きにくいコース設定でした。とくにアタックモード(コース上の特定のエリアを通過することで一定時間マシンがパワーアップする電気自動車ならではのルール)を使用するのが難しいです。

アタックモードを使うために必要なエリアを通過しようとすると、通常のラップよりも3秒近くロスするんです。せっかく前車をパスしても、アタックモードを使うために回り道すると、パスしたクルマにまた前に行かれてしまって、アタックモードを発動しても抜けないコースなので結局不発ってことが何度もありました。

eトロフィー用のアイペイスは走らせ方がとても特殊で、大きな経験となりました。もちろん電気モーターでの走行はすごく面白いですね。

現在のEVレースはどうしても電池を持たせるために工夫しながら走るような燃費レースになってしまうのですが、300kmくらいの距離をレーシングスピードで攻められるくらいまでEVレーシングカーが進化すれば、もっと楽しくなるでしょうね。あとは各サーキットに100kWクラスの急速充電器が設置されるといいですね。

このeトロフィー・シリーズは終わってしまいましたけど、この機会を与えてくれた関係者の皆様には、多大な感謝を申し上げたいと思います。ありがとうございました。

(コメントここまで)

アイペイスでJEVRAのレースにも参戦!

青木さん、ありがとうございました。また、電気自動車での新たなチャレンジ、お疲れ様でした。

さらにこの日、青木拓磨選手はジャガー・アイペイスを千葉県の袖ケ浦フォレストレースウェイに持ち込んで、HDRSのスクールの合間に実際に走行を重ねました。

実はこの後、9月12日(土)に同じ袖ケ浦フォレストレースウェイで開催されるJEVRA(全日本EVレース協会)主催のレース「全日本 袖ヶ浦 EV 55kmレース大会」にこのジャガー・アイペイスで参戦する予定になっています。青木拓磨選手の電気自動車チャレンジは、まだまだ続いていくのです。

9月12日のレース結果もEVsmartブログでレポートする予定なので、お楽しみに!

(取材・文/青山 義明)

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					青山 義明

青山 義明

自動車雑誌制作プロダクションを渡り歩き、写真撮影と記事執筆を単独で行うフリーランスのフォトジャーナリストとして独立。日産リーフ発売直前の1年間にわたって開発者の密着取材をした際に「我々のクルマは、喫煙でいえば、ノンスモーカーなんですよ。タバコの本数を減らす(つまり、ハイブリッド車)のではないんです。禁煙するんです」という話に感銘を受け、以来レースフィールドでのEVの活動を追いかけている。

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