集合住宅への充電器設置事例【1】大規模マンション「西戸山タワーホウムズ」

電気自動車(EV)普及のポイントのひとつでもある集合住宅への充電器設置について、具体的なノウハウを知るためのシリーズ企画です。今回は東京都内にある大規模マンションの事例をご紹介します。

集合住宅への充電器設置事例/大規模マンション「西戸山タワーホウムズ」

前回までは、集合住宅に電気自動車(EV)用充電器を導入する際の「段階別」の対処法をご紹介してきましたが、今回からは実際に導入した事例を一つずつ具体的に紹介します。最初の例は東京都23区内、もっと言うとJRの新大久保駅や高田馬場駅まで歩いて行けるような都心にあるマンションです。タワーが3棟建っていて、合計576戸という大規模共同住宅での導入例です。「管理組合が自主的に決めてEV用充電器を導入した例」です。

【集合住宅(マンション)のEV用充電器設置事例〜今までの記事】
電気自動車を買うには自宅に電気工事が必要?(2015年1月13日)
東京都の集合住宅などへの充電設備補助金【申請受付中!】(2019年6月20日)
電気自動車用充電器を設置した都内マンションで最新EV試乗会開催(2019年3月31日)
集合住宅・マンションに電気自動車用充電器を設置する 【第1回】理事会を通す 編(2019年8月9日)
集合住宅・マンションに電気自動車用充電器を設置する 【第2回】総会・施工・運用 編(2019年10月15日)

今回紹介するマンションはあえて名前を出しています。管理組合理事会では、「むしろ名前を積極的に出して、今後当マンションに移り住んでくださる方々にも、駐車場の先進性や管理組合の取り組みの積極性をアピールしたい」とお考えだからです。

筆者(箱守)は先日、管理組合の会議に出席させていただきましたが、みなさんが和やかな雰囲気のなか、いろいろと調べてきたものを説明し合いながら、とても活発に議論されていたのが印象的でした。そして何より、みなさんが積極的で、常に明るい未来を模索されている姿に、「こんなマンションに住んでみたい」と感じました。

マンションの入り口の隣りにある、「東京グローブ座」への連絡通路。劇場直結のマンションだ。
マンションの入り口の隣りにある、「東京グローブ座」への連絡通路。劇場直結のマンションだ。

さて、このマンション、「ジャニーズ」ファンにはピンとくる場所です。そうです、ジャニーズのミュージカルなどが数多く公演される、あの「東京グローブ座」と敷地がつながっているマンションなのです。ここは、かつて広大な公務員宿舎でしたが、民間の力を使った再開発の第一号として造成された歴史があります。竣工は1988年3月でした。グローブ座も、初めはシェークスピア劇を公演する場所としてスタートしましたが、現在はジャニーズ事務所傘下の企業が運営しています。

概要

「西戸山タワーホウムズ」は、3棟のタワーのそれぞれ地下1・2階に駐車場が設けられています。形式は全て「自走式」で、機械式は設置されていません。業界では「自走立体」と呼ばれるものです。都心のデパートや銀行などではお馴染みの形ですね。台数は合計で250台、このうち「時間貸し」で借りられる区画が35台分あり、「防災センター」で手続きすれば住民なら使うことができます。

中央の218番ロットの壁面にあるのが、今回設置された普通充電器。
中央の218番ロットの壁面にあるのが、今回設置された普通充電器。

今回のマンションでは、自走平置きの駐車場の3ヶ所に、交流(AC)200Vの普通充電器を合計3台設置することができました。この数は、国からの補助金の条件が定める充電器台数の範囲内であることと、電源設備のスペックから無理のない範囲内で決めたものです。具体的には、3つあるタワー地下の駐車場のうち、第一駐車場に2台、第二駐車場に1台、合計3台でした。

導入の契機

建設から30年近く経つあいだ、管理組合では「資産価値の向上」を常に話し合って様々に模索してきました。修繕積立金や資産価値向上は、どこの管理組合でも大切な命題ですね。自分たちのマンションを分析するなかで、修繕積立金の推移から「駐車場収入に依存する度合いが比較的高め」であることも分かってきました。

管理組合理事会の様子。右端はユアスタンド社の代表である浦伸行さん。この晩は充電器の稼働をひかえて細かい打ち合わせが行われた。
管理組合理事会の様子。右端はユアスタンド社の代表である浦伸行さん。この晩は充電器の稼働をひかえて細かい打ち合わせが行われた。

新築当初に比べ、駐車場の契約数は減ってきていました。最近では契約済みの駐車場は60%台まで落ちることもあります。高齢化の進展や、そもそも交通至便な場所にあるため、自家用車を持たずに暮らすことが可能! といった条件もあります。修繕積立金の値上げは避けられない情勢のなか、値上げへの抵抗を少しでも減らそうと、駐車場のクオリティー・アップを考えた結果出てきたのが、駐車場への電気自動車用充電器の設置というアイディアでした。

経過

西戸山タワーホウムズ管理組合の中には、「駐車場有効利用検討チーム」というセクションが設けられています。読んで字の如く、駐車場の改善と将来検討を行うチームです。同チームがここ数年来考えてきた「駐車場にEV用充電器を!」というアイディアを具体的な動きに乗せたのは2019年2月のことです。管理組合は住民を対象に、電気自動車や充電器に関するアンケートを実施しました。充電器を設置するアイディアやアンケートの必要性は、すでに2018年には話し合っていたそうです。

管理組合理事会としては、EV用充電器は今後必要だと考えていましたが、住民の人たちがどう考えているかを是非つかんでみたかったのです。「絶対反対」があるとしたら、その根拠を知りたかったのです。そのうえで、理解を得るためにどうすべきか検討できるので。なにせ、「費用自体はほどんとかからない」という事実は、理事会は判っていました。

管理組合の会議室。常設の会議室があるのは珍しい。
管理組合の会議室。常設の会議室があるのは珍しい。

振り返って見ると、動き出したのは2018年の8〜9月のことでした。初めは、EV用充電器を扱い、工事を行う会社に連絡を取り、学びながら進むべき方向を模索していました。ところが、充電器を多く扱う会社とは言え、集合住宅での事例はほとんど経験が無かったようです。

大きな動きは2018年12月のこと、ユアスタンド社と出会った時からでした。同社も新しい会社ですが、集合住宅への充電器設置はこの時点でもいくつもこなしており、そこでのノウハウが効きました。補助金の申請方法やタイミングなども、実例を通じて慣れていました。

2019年4月の「新年度」が始まるとき、国と都に補助金をいち早く申請し、さらに動きが加速します。

2019年5月には、翌月(2019年6月)に「総会」に向けて、EV用充電器設置の議案を作り上げます。

様々な取り組みがうまく進み、工事がはじまったのは2019年9月のことでした。消費増税より前に工事を始めるという目論見もうまくいきました。

こうして無事充電器が設置でき、運用は2019年11月8日に開始される運びになりました。

費用

今回かかった費用のうち、国と都からの補助金が交付されると、マンション管理組合、いわば住民総体が負担する額は28万円ほどになります。

なお、この物件では地下の駐車場ということもあり、これまでも携帯電話の電波すら通らない場所でした。そこで、インターネット信号をAC電灯線に乗せる「PLC」という仕掛けを導入することで、ネットを介して動かす「課金装置」が稼働できるようにしました。そのための工事費と機器代として、別に83万円ほどかかっています。もっとも、PLCはEV用駐車場にだけ利便を提供するのではない装置です。この部分は、後の「評価」のところに詳しく記します。

運用・利用料金

今回、管理組合が決めた充電料金は、AC200Vのいわゆる「普通充電器」の「4kW」出力のもので「1時間あたり120円」でした。一般の家庭(筆者宅のもそうですが)にあるAC200V普通充電器は「3kW」出力が普通なので、「一般家庭のものより少し速く充電できる」と言えそうです。

充電は、住民のみができる形です。アプリの上で予約をしておき、その時間に充電器のある駐車ロットにクルマを移動させて、プラグをつないで、アプリで充電をスタートさせます。したがって「飛び込み」での利用はできません。

灰色と黒の細長いボックスが今回設置された普通充電器。その左隣りにあるのは課金システムを動かす通信機器などのボックス。
灰色と黒の細長いボックスが今回設置された普通充電器。その左隣りにあるのは課金システムを動かす通信機器などのボックス。

管理組合では、「住民以外の利用も許可する」方向も調べています。こうした小さな収益でも、数が増えれば修繕積立金に組み込めるからです。ただし、現行法制では管理組合がお金を取って住民以外にサービスを提供することは不可能で、「法人格」を持つ団体を作るなど、何か手はありそうですが、まだまだ大変そうだと判断しています。

また、住民の高齢化も念頭に、デイケアなどの福祉車両が駐められるサービスや、そうした車両が将来的に駐車中に充電器を利用するようなケースについても、議論を行い、いろいろと調べています。

3棟あるタワーのうち、一番南のもの。右下に「東京グローブ座」の2つの三角屋根が見える。
3棟あるタワーのうち、一番南のもの。右下に「東京グローブ座」の2つの三角屋根が見える。

評価

じつは、運用は2019年11月8日からで、住民に「理事会レポート(なんと、毎月発行!)」で一斉に周知するのが11月15日(「理事会レポート2019年11月号」)になるので、本記事取材および執筆時点では、正式な運用ではないため、まだ詳細な評価は行われていません。今後を注視していきたいものです。

ただ、予想外だったのが、今回の充電器の運用のための「課金システム」稼働用に駐車場にPLCによるWi-fiを引いたことが、電気自動車ユーザー以外の住民にも評価されているそうです。これまでは地下1・2階にある駐車場ではネットが使えず、携帯電話回線も通じなかったものが、このWi-fiによってネットが使えるように大改善されたからです。地下駐車場からインターネット通話やSNS、メールが使えるようになったことが、一足先に評価されています。

今後

充電器を設置しようと模索し始めた当初、急速充電器を導入しようと考えたこともあった当マンションですが、今後のニーズやEV普及の動向を見すえて、必要性を感じれば急速充電器の追加を再度検討することも考えているそうです。その場合、大規模改修に合わせて電源部分も改善し、急速充電器を稼働できるような形を目指すこともあり得るとのことでした。

さらに、停電時にエレベーターと給水ポンプぐらいは動かせるように、それなりに容量のある蓄電池の設置を検討するかも知れないと見通していたのも印象的でした。

2019年2月に管理組合が住民を対象に実施したアンケートでは、全576戸中329世帯から回答が寄せられました。回答率57.1%です。そのうち目立った答えとして、「EVを購入して乗ってみたい」という人が70件もありました。また、「充電器が設置されれば使いたい」との回答も12件ありました。充電器がマンションに付くならEVを買う住民が出てくることを視野に、と考えることもあながち間違いではないでしょう。

マンションの隣りには山手線・埼京線・西武新宿線が走る。
マンションの隣りには山手線・埼京線・西武新宿線が走る。

こうした結果を踏まえて、様々なEVに触れて乗ってみて、理解をさらに深めてもらうため、管理組合では2020年2月には住民を対象にした「EV試乗会」を企画しています。各自動車メーカーやEVsmartも協力することになると思いますし、筆者のi-MiEVやEVOC(EVオーナーズクラブ)のリーフも「EVからの給電」のデモに参加する可能性もあります。

今回の事例は、「EV所有の住民から要望が出て、充電器が設置された」わけではなく、管理組合が「マンションの将来を見すえて、自ら進んで充電器を設置」した、今のところは珍しいケースだと言えるでしょう。しかしながら、高齢化社会を迎える日本では、今後はこうした形の設置が増えてくるのではないか、と著者は考えています。

「卵(充電器の普及)が先か、ニワトリ(EVの普及)が先か……」、いずれにせよ、集合住宅に「基礎充電(家庭での充電)」の充電器が増えることは、日本の環境保護・再生可能エネルギー有効利用だけでなく、今後のモビリティーにとっても大きな前進と言えそうですね。

(取材・文/箱守 知己)

この記事のコメント(新着順)2件

  1. 分譲マンション住人としてはたいへん参考になる記事です。因みに現状何台のEVがあるのでしょうか?我がマンションは駐車場キャパ15台で空きが5台、EV率は1/10、つまり私のLEAFだけです。仲間もいないので提案も難しい状況です。

    1. JB様、コメントありがとうございます。今回のマンションのすごいところは、「区分所有者にEV所有者が居て、その要望で充電器設置に向かった」のではなく、「管理組合が駐車場の魅力アップの一環として自主的に充電器を設置した」点です。

      管理組合が充電器設置を考え始めて、電気機器の業者などと接触し始めた時点では、EV所有者はどうやら居なかったようです。後に充電器設置の賛否を問うアンケートを行ったところ、1人の方がリーフにお乗りであると回答されました。現在の状況は調査していないので判りませんが、少なくとも1台はEVがあり、充電器が設置されたので今後EV購入を考える方が70人はいらっしゃると言うことです。

      管理組合が、修繕積立金の保全に関して、充電器設置が必要になると考えるかどうかに成否はかかっているかと思います。手順としては、管理組合に対し、「EV用充電器設置はどうか、と区分所有者に問うアンケートを実施したい」という提案をすることから始められてみてはいかがでしょうか。その辺りの戦略も、ユアスタンド社に相談してみるのも手だと思います。

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この記事の著者


					箱守 知己

箱守 知己

1961年生まれ。青山学院大学、東京学芸大学大学院教育学研究科、アメリカ・ワシントン大学(文科省派遣)。職歴は、団体職員(日本放送協会、独立行政法人国立大学)、地方公務員(東京都)、国家公務員(文部教官)、大学非常勤講師、私学常勤・非常勤講師、一般社団法人「電動車輌推進サポート協会(EVSA:Electric Vehicle Support Association)」理事。EVOC(EVオーナーズクラブ)副代表。一般社団法人「CHAdeMO協議会」広報ディレクター。 電気自動車以外の分野では、高等学校検定教科書執筆、大修館書店「英語教育ハンドブック(高校編)」、旺文社「傾向と対策〜国立大学リスニング」・「国立大学二次試験&私立大学リスニング」ほか。

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