ベルリンのギガファクトリーはヨーロッパに何をもたらすのか?〜イーロン・マスク氏の発言を解説

ドイツ連邦経済エネルギー省が2020年11月24日から27日にかけてオンラインで開催したEuropean Conference on Batteries(欧州バッテリー会議)の冒頭でイーロン・マスク氏が自社の製品やバッテリーの将来について発言をしました。ここではBattery Dayで発表された情報などを交えて内容を解説します。

ベルリンのギガファクトリーはヨーロッパに何をもたらすのか?〜イーロン・マスク氏の発言を解説

※冒頭写真は建設中のギガファクトリー・ベルリン。
(テスラ 2020 Q3 Financial Results より引用)

European Conference on Batteries: Elon Tesla Battery Update 24th November 2020.
Tesla Intelligence UKチャンネル(YouTube)

※現状で視聴可能なリンクを貼っておきます。削除される可能性もあるのでご了承ください。

Q: バッテリーにとって現在何が足りておらず、現実的にそれが解決される見通しは?

「バッテリーが普及するためにネックとなるのがコスト。航続距離や充電速度、寿命はテスラ車は問題ないので、コストを下げて大衆の手が届く車にすることが課題。長期的にはロングレンジモデルで、バッテリーセルのキロワットアワー(kWh)単価を50~55セント※まで引き下げる予定。そのためには製造方法と工場そのものの改革が必要。それがベルリンの工場です」(「 」内太字はマスク氏の発言 ※以下同)

※セントではなくドルの間違いと思われます。インタビューが早朝だったため、マスク氏も寝ぼけていたのだと思われます。

最近では各メーカーからどんどん新型EVが発表・販売されていますが、バッテリーサイズについては現在、考え方が二極化されていると感じます。テスラのように大型バッテリーを搭載したモデルは航続距離や寿命などの問題はありませんが、コストがネックになります。一方でコストを優先してバッテリーを小型にしたものは、航続距離や充電速度、寿命を犠牲にしていると考えてください。

バッテリー単価は近年下落幅が少なくなってきたのですが、テスラでは材料の購入から製造プロセスまで抜本的に見直して高性能かつ低価格な新型バッテリーを来年~2022年にかけて量産化していく予定です。これが実現すれば、ガソリン車と同価格帯のEVが販売できるようになり、これまでEVに興味のなかった層もトータルコストで勝るEVを積極的に選ぶようになると予想されます。200~300万円台のテスラ車が登場すれば飛ぶように売れるのでしょうけど、そのためにはそれだけのバッテリーを供給できる体制が必要になります。

バッテリーセルの単価の推移予測。出典:テスラ

Q: バッテリー量産化のハードルは何でしょう?

「バッテリーを安価に製造するにはスケールメリットが必要。つまり大規模な工場で大型バッテリーを高速で大量に作ることです。そのために、環境に優しく工程が少ないドライ電極技術を開発しています。現在ベンチレベルで開発に成功しており、次はパイロットプラント(中規模工場)を完成させ、最終的に大規模工場へと発展させます」

コメントに登場するドライ電極技術というキーワードですが、バッテリーをより早く、安く、環境に優しく、かつ小さな設備で製造するための重要な技術です。これまではアルミホイルのような薄い集電体にスラリーと呼ばれるドロッとした液体を塗り、オーブンで焼いて有機溶剤を飛ばすのが主流でしたが、これを粉末状の電極素材に変更してローラーで圧力をかけて直接集電体に付着させることで、設備のサイズとエネルギー使用量を10分の1に下げることができます。

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バッテリーデーで紹介されたウェット電極(写真上)と、ドライ電極(下)の工場設備。設備がいかに少ないかが一目瞭然です。(バッテリーデー動画より引用)

Q: ベルリンのギガファクトリーに関してもっと教えて下さい。

「まずは年間生産能力100GWh以上を目指します。その後、年間200~250GWhまで能力を引き上げる予定です。この時点で恐らく間違いなく(ベルリン工場は)世界最大のバッテリー工場になるでしょう。そのためにはサイクルタイムの向上や連続負荷運転など、解決すべき課題は多いです。革新的なバッテリー技術を考えつくのは簡単ですが、それを量産することは難しい。1%のひらめきと99%の努力、いや、バッテリーに関しては99.9%の努力と言えるでしょう」

流石に企業秘密も多いでしょうから、ギガ・ベルリンについて詳しい情報は出てきませんでしたが、年間生産能力250GWhがどのようなものかというと、50kWhのバッテリーを積んだテスラモデル3スタンダードレンジプラスで500万台分に相当します。2019年、ヨーロッパでは約1850万台の車が生産された(出典:ACEA資料)のですが、その30%近くをギガ・ベルリンだけでまかなえる(もちろん、すべて電気自動車で!)のです。

青いバーが乗用車のリチウムイオン電池の全世界での需要。 (出典:Energy Central)

Q: バッテリー工場の環境対策は?

「ドライ電極技術は有機溶剤を使わないのが大きな利点。また、製造工程を減らしていることも環境負荷低減につながります。次世代バッテリーに使うシリコンは、精製に莫大なエネルギーを必要としないソーラーパネルクラスのものを使います。リチウムも硫酸ではなく食塩を使って精製します。そのためギガ・ベルリンの隣に住んでいても、空気中に有害物質を検出できないでしょう」

ドライ電極のメリットは前述の通りですが、シリコンやリチウムなど素材レベルで自社で一括管理できているのは大きなメリットですね。他メーカーだと、バッテリーサプライヤーと共同研究などを行って新技術を生み出していきますが、テスラは自社内で完結するためイノベーションが桁違いに速いです。

また、先程少し触れたドライ電極のパイロットプラントはサンフランシスコにあるのですが、ここはアメリカの中でもVOC(揮発性有機化合物)の大気放出など、空気品質に特に厳しい地域として知られています。広大な森を切り開いて作ったギガ・ベルリンですが、操業による大気汚染については安心でしょう。

Q: テスラSemi(トレーラーヘッド)は実現不可能という方がいます。

「バッテリーを搭載したトレーラーヘッドの合計エネルギー密度を、通常のディーゼルトラックと同程度にできるかという質問にたどり着くと思いますが、答えはYESです。我々のプロトタイプがそれを証明しています。航続距離は40トン積載した状態で500kmは簡単で、800kmも容易に達成できるし、1000kmも道筋は見えています。Battery dayで披露した一体構造バッテリーパックを使えば、現時点でも従来のディーゼルトラックより1トン弱重い程度で、将来的には同じ車両重量のトラックが完成するでしょう」

Semiの計画が発表されたときから、様々な評論家やメディアが物理的に不可能だと言ってきました。しかし、彼らの計算は従来のバッテリーのエネルギー密度で、従来のトレーラーのシャシーにエンジンだけ抜いて変わりにバッテリーを詰め込んだ想定でした。

Battery dayで発表された新型の「4680」バッテリーは上記のマスク氏が言う(40トン積載状態で)800km走行可能を実現できるものと予想されます(エネルギー密度が300Wh/kg超)。さらに、車のシャシー(プラットフォーム)が「スケートボードデザイン」と呼ばれるEV専用のフォーマットになったように、トラックも全く異なるフォーマットにしてデッドスペースにバッテリーを詰め込んで剛性を高めてくると考えられます。

もちろん、長距離トラックの中には燃料タンクを増設して1回の給油で2000kmを走る車もあります。しかしこれは自社の安いガソリンで運用したい会社が行っている特殊な例で、実際のトレーラーの1運行の平均走行距離は約280km、手待ち時間(いつでも稼働可能な体制での待機時間)は1時間前後、荷役時間(荷物の積み下ろし作業時間)が2時間半のため(出典:国土交通省資料)、目的地に到着してからの3.5時間で、失った280km分の充電ができればいいのです。

仮に800km走行できるSemiのバッテリー容量が800kWhと仮定すると、充電器は93kWの出力があれば十分で、たとえばテスラのスーパーチャージャーであれば問題なく対応できます。物流拠点はソーラーパネルなどの再エネ発電を行えば空から燃料代が降ってくるようなものですので、今から高圧連系を組むための電気主任技術者を養成しておくべきです。

The Tesla Semi Close Up
My Tesla Adventure チャンネル(YouTube)

Semiが増えれば騒音公害も減ります。

Q: ギガ上海、ギガ・ベルリン共にオリジナルモデルが出ると言っていましたね?

「ドイツには優秀な人材がいます。彼らにはコンパクトカーやハッチバックなど、ヨーロッパの市場に合ったオリジナルモデルを作らせたい。大衆に手の届くもので、ヨーロッパのライフスタイルに合ったものから始めたい」

奇抜なデザインのサイバートラックが発表された後、イーロン・マスクのツイッターをみているとヨーロッパのユーザーから「うちの街では走れない。もっと小さなトラックを作ってくれ」という要望がよく見られました。テスラはアメリカの会社で、アメリカでまず売れるものを作らないといけないため、サイバートラックは当然の戦略だと思いますが、今後は各大陸にギガ・ファクトリーが建てられ、現地で求められるモデルを現地の優秀なデザイナーが作っていくフェーズに移行すると思われます。日本だと軽自動車とミニバンがターゲットになるのでしょうね。

そして優秀な人材についてですが、Universumによる工学系の学生に最も魅力的な就職先はどこかと訪ねた調査(出典先ウェブサイト)で2019年、2020年と連続でテスラおよびスペースXが1位と2位を獲得しています。「デザイナーにオリジナルモデルを作らせてやりたい」と発信するのは、間違いなくこうした学生に対するアピールと考えられます。

著者あとがき

中国では2028年までに564GWhのバッテリー増産を計画しており、韓国のLG化学も2023年までに260GWhまで能力を引き上げたいと発表しています。さらに、Battery dayでは2030年までにグローバルでのテスラのバッテリー生産能力を3,000GWhまで高めたいと宣言しています。インタビュアーの言葉には、アジアとアメリカにリチウムイオン電池の覇権を握られまいと、ヨーロッパ勢も必死なのだと感じました。

これまで自動車メーカーはバッテリーサプライヤーにリチウムイオン電池の供給を依存していましたが、EVにおいてバッテリーはモーター以上に車の性能を左右する重要なパーツです。それをサプライヤーに委ねるのはあまりにもリスキーかつ、クルマとして特色もないので、ドイツ御三家をはじめ、その他ヨーロッパのメーカーもぜひテスラのようにバッテリーの自社開発に乗り出してほしいですね。

(文・翻訳/池田 篤史)

この記事のコメント(新着順)1件

  1. いつも楽しく拝見しております。
    先日、youyubeで元テスラ社員のバート・チグサさんの動画でサンディームンロさんのバッテリー解説がものすごく面白く、未来を感じました。

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この記事の著者


					池田 篤史

池田 篤史

1976年大阪生まれ。0歳で渡米。以後、日米を行ったり来たりしながら大学卒業後、自動車業界を経て2002年に翻訳家に転身。国内外の自動車メーカーやサプライヤーの通訳・翻訳を手掛ける。2016年にテスラを購入以来、ブログやYouTubeなどでEVの普及活動を始める。

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