EV普及の偉人でもある「イーロン・マスク」伝記の裏側〜著者インタビューを抄訳&解説

先日、世界同時発売されたイーロン・マスクの伝記が大きな話題になっています。著者のウォルター・アイザックソンがレックス・フリードマンのポッドキャストに登場し、イーロン・マスクを取材した様子や、話の引き出し方などについて語りました。2時間に渡るインタビューを抄訳しつつ解説します。

EV普及の偉人でもある「イーロン・マスク」伝記の裏側〜著者インタビューを抄訳&解説

※冒頭写真出典/Lex Fridman Podcast

人物紹介

ウォルター・アイザックソンはアメリカの有名な伝記作家です。レオナルド・ダ・ヴィンチやアインシュタインなど歴史上の人物からスティーブ・ジョブズまで、主に科学的な偉業を成し遂げた人物を得意とします。TIME誌の編集長やCNN(アメリカのニュース専門チャンネル大手)の会長を歴任する凄腕ジャーナリストです。

ポッドキャストのお相手はレックス・フリードマン。テスラ界隈では有名な方ですが、マサチューセッツ工科大(MIT)でAIの研究をする傍ら、科学分野の「時の人」を招いて討論する有名なポッドキャストを主催しています。さらに、ブラジリアン柔術の達人で、イーロン・マスクやマーク・ザッカーバーグとも稽古を積んだことがあります。

現在のイーロン・マスクを形成した幼少期

イーロン・マスクは苛烈な少年時代を過ごしました。父親はまるでジキルとハイドのように性格が豹変する人物でイーロンを「お前はクズだ、バカだ」と精神的に虐待し、学校ではいじめっ子に階段から突き落とされて危うく命を落としかけるなど、酷い扱いを受けていました。他人に強く当たられる経験から、テスラの社内会議などで自らも部下を激しく叱責する場面もあり、フリードマン氏はこれを「頭の中に悪魔を飼っている」と表現しています。

アイザックソン氏によると、幼少期の激しい体験が現在のイーロン・マスクの行動力を生み出したとのこと。平和な環境で育った子供は、何かを成し遂げなくてはならないという強いモチベーションが出ないそうです。ダ・ヴィンチやアインシュタインも育った環境のせいで迫害を受け、トラウマと共に育つわけですが、重要なのはトラウマを受けないように安全な暮らしをすることではなく、トラウマと付き合う方法を見つけることです。

もう一つ、こうした偉人の共通点として、彼らは過酷な体験をすると読書に癒やしを求めていました。イーロン・マスクは少年時代にSF作品に没頭して空想能力を身に着け、青年時代の膨大な読書量は彼の多岐にわたる豊富な知識の礎になりました。空想(ビジョン)を描く能力に、具体的な技術的な知識が組み合わさることでイーロン・マスクはその才能を開花させることになります。

日本でもベストセラーになっています。

頭の中でビジョンを描く能力

細部まで考えられた遠大なビジョンを持ったイーロン・マスクは、これを世間に公表し、それに共感した人たちが集まってテスラモータースやスペースXを形成しました。従業員もこのビジョンの達成を信じており、失敗してもすぐに軌道修正して遠く聳えるゴールに向けて進みます。

テスラが他社と違うのは失敗を許容する社風です。もちろん無駄な失敗は許されませんが、やってみないと分からないことはすぐに実行し、失敗から学んで次に繋げます。ちょうど先日行われたスペースXの巨大ロケット、Starshipの打ち上げがその最たる例です。途中で爆破解体となりましたが、そこから多くのデータが得られ、もうすぐ2回目の打ち上げが行われる予定です。

Starship | First Integrated Flight Test(YouTube)

会社のステージによっては失敗のリスクを取らないほうが得策なこともありますが、テスラは今、攻めの経営が求められており、ここで失敗を恐れていてはイノベーションは起きません。

チームを作る天才

イーロン・マスクは自らのビジョンをできるだけ早く実現するために、賛同しない人は追い出しますが、一方で能力と信頼性、やる気があると見抜いた人間は社内での地位が低くても飛び級で「明日からお前がやってみろ」と責任を与えます。

これはスティーブ・ジョブズやジェフ・ベゾス、そして初期の頃のビル・ゲイツにも共通することで、やる気のない(足りない)人は徹底的に切って、精鋭部隊だけが残るようにしています。アップルのもう一人の共同創業者スティーブ・ウォズニアックは柔和な性格で、部下からの評価が気になって、ジョブスのような激しい接し方はできないと言っていますが、同時にウォズひとりだったらiPhoneなどの革新的な製品は生まれなかっただろうと認めています。

最近、イーロン・マスクはツイッター買収後にも大量解雇を敢行しています。社内の連絡ツール「Slack」での従業員の会話を見て自分に対してネガティブな発言をしている人間を洗い出し、能力評価などもして3回に分けて約85%の人員を解雇しました。その後、首を切りすぎたから2割ほど戻していますが、会社を回す人員が足りなくなるまで徹底的に首を切り、その後少し戻すのがイーロン・マスクの見出したチームづくりの黄金則ではないかとアイザックソン氏は言います。

面白いのは、イーロン・マスクに無茶な要求をされて昼夜問わずに働き続けた結果、燃え尽きた社員の話です。彼はテスラでの生活が嫌になって一度は辞めるのですが、転職先があまりに退屈すぎて飽きてしまい、再びテスラに戻ったそうです。

ジャーナリズムのあり方

この本は「こうすればあなたも偉人になれる」というマニュアルではなく、時系列に沿って偉人の生い立ちを追体験し「私もそうやって時代を変える人になろう」というモチベーションを高めるものです。従って、伝記の主人公が「これを書いたら喜ぶだろう。あるいは怒るだろう」ということは一切気にせず、読み手がストーリーをより良く理解するためにそのエピソードが必要なのか判断して内容を決めています。

インタビューの相手から話を引き出すコツですが、事前にしっかりと調査をして、本当に答えを知りたい質問をぶつけることが大切です。最近のレポーターは特定の回答や結果を引き出そうと誘導する傾向にありますが、その姿勢は相手に見透かされます。ちゃんと興味を持っていることを示し、相手が答えに詰まっても沈黙を破らずにじっと待ち、聞き役に徹すると、相手は徐々に心を開きます。

政治家は話のプロだし、インタビューにかけられる時間も少なく、いざ本番となっても何重にも壁を作ってポジショントークを展開するため攻略が難しいですが、逆にイーロン・マスクは壁がなさすぎてアイザックソン氏が構えていた壁が取り払われたそうです。嘘をついたり隠したりしない、ありのままに自分の意見を述べるのはスティーブ・ジョブズもそうだったとか。

最後に、この本を読む若い世代へ、アイザックソン氏からの応援メッセージもありました。

「自らの人生の意味を今すぐに悟る必要はないけれど、今自分がやっていることをやっている理由は理解しておく必要はある。自らを知ることで何が得意なのかが分かるため、その時点で見ている目標が本当に自分の求めるものなのか問わなくてはならない。人生は有限だからこそ、終わりに向かって集中できるのである。」

イーロン・マスクは自分があと何年働けるのか、そして死を迎えるまでに彼が提案する大きな野望(持続可能なエネルギー社会や火星への移住)を達成できるのかを考えるからこそ、時には社員にきつく当たりつつも、寝る間も惜しんで全速力で生きているのではないでしょうか。

【インタビュー動画はこちら】
Walter Isaacson: Elon Musk, Steve Jobs, Einstein, Da Vinci & Ben Franklin | Lex Fridman Podcast #395(YouTube)

翻訳・文/池田 篤史

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この記事の著者


					池田 篤史

池田 篤史

1976年大阪生まれ。0歳で渡米。以後、日米を行ったり来たりしながら大学卒業後、自動車業界を経て2002年に翻訳家に転身。国内外の自動車メーカーやサプライヤーの通訳・翻訳を手掛ける。2016年にテスラを購入以来、ブログやYouTubeなどでEVの普及活動を始める。

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