内燃機関からEV専用工場に転換して生産を拡大
フォルクスワーゲンは2022年1月27日、新型EV『ID.5』『ID.5 GTX』の生産を開始するとともに、主力工場のひとつで、チェコとの国境に近いツヴィッカウ工場(ザクセン州)を電気自動車の専用工場に転換したことを発表しました。ツヴィッカウ工場では一部でEVの生産を始めていましたが、今回の発表で、内燃機関搭載モデルからEVへの転換が一層進んだことがわかります。
フォルクスワーゲンによれば、内燃機関を搭載するモデルからEV生産に完全に転換した工場としては、世界で初めての大規模工場になります。同じような事例としては、GMがミシガン州のオリオンタウンシップ工場をEV専用に転換する計画を発表しています。
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ツヴィッカウ工場は年間30万台の以上の生産能力を持ち、現在は、フォルクスワーゲンの『ID.3』『ID.4』『ID.5』のほか、アウディ『Q4 e-tron』『Q4 Sportback e-tron』、クブラ『Born(ボーン)』の6モデルを生産しています。これら6モデルはいずれも、新しいEV用プラットフォーム、MEB(モジュラーエレクトリックドライブマトリックス)を採用しています。
工場の転換完了にあたって、フォルクスワーゲンブランドの取締役会メンバーであるクリスチャン・ヴォルマー博士は、「ツヴィッカウの生産工場は、わずか26か月で3ブランドが6モデルを立ち上げ、フォルクスワーゲン・グループの道を切り開いた」と述べています。
またフォルクスワーゲンザクセンのステファン・ロス取締役会会長は、半導体の状況によるとしつつも、「生産能力のフルキャパシティーを達成することを目標に、2021年にフォルクスワーゲンザクセンが生産した18万台を超えることを目指している」と話しました。
フォルクスワーゲンは、オランダ国境に隣接するドイツ北部のエムデン(ニーダーザクセン州)で『ID.4』、ニーダーザクセン州の州都ハノーバーで『ID.Buzz』、アメリカのテネシー州チャタヌーガで『ID.4』を生産。これらの工場を含めて、2022年に、ヨーロッパ、アメリカ、中国の工場でMEBをベースにした120万台のEVを生産する能力を確保します。
2021年の初頭にドレスデンの「透明な工場」が稼働した時には、EVの生産能力は年産90万台だったので、1年で30万台増加することになります。
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ID.5のスペックをチラ見せ
話は工場から少し変わりますが、ツヴィッカウ工場の転換を伝えるニュースリリースでフォルクスワーゲンは、2021年9月のフランクフルトショーで発表した『ID.5』の情報を少しだけ開示しました。
『ID.5』はIDシリーズの上位モデルのSUVです。フランクフルトでは『ID.5 GTX』という上級グレードのスペックが出ていました。その時の発表では、MEBをベースにしていて、モーターは前後2つの4WD、航続距離は最大497km(WLTP)で、OTAでのプログラム更新が可能なCar2Xテクノロジーを採用していました。バッテリーの搭載量は77kWhです。なおフランクフルトでは、量産車に近い形として出展されていました。
今回、ツヴィッカウ工場で『ID.5』の生産が始まったというリリースに付随して、電費が記載されていました。3グレードあり、それぞれ次のようになります。
●ID.5 16.2kWh/100km(NEDC コンバインド)
●ID.5 GTX 17.1kWh/100km(NEDC コンバインド)
●ID.5 Pro Performance 16.2kWh/100km(NEDC コンバインド)
また、『ID.5 Pro Performance』の最高出力は150kWとなっていました。
こうしてみると、電費などは『ID.4』と大きく変わらないように感じます。バッテリー容量も同程度になりそうです。そうすると値段もあまり変わらないのかもしれません。日本に入ってくるのが待ち遠しいです。
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デジタル化や柔軟性を有するEV専用工場
フォルクスワーゲンは2018年から、ツヴィッカウ工場でEVを生産するために12億ユーロ(約1600億円)をかけてデジタル化や効率向上に取り組んできました。デジタル化については、スマートインダストリー4.0の産業ロボットや、完全自動で組み立てラインにコンポーネントを運ぶ無人輸送システムなどが採用されているそうです。
ちなみに「インダストリー4.0」は、総務省資料によれば、一般的にはスマート工場を中心としたエコシステムの構築を主眼としています。第4次産業革命という位置付けになります。
ただドイツの場合は、「インダストリー4.0」は連邦政府が主導し、産学連携で現実に即した生産設備構築やロボットの利用が進んでいるようです。この枠組みにフォルクスワーゲンが入っていないとは考えにくいため、ニュースリリースで言うスマートインダストリー4.0は、ドイツが国を挙げて取り組んでいる試みのひとつと考えられます。
フォルクスワーゲンが工場の転換に費やした12億ユーロのうち、4割弱はボディショップの強化、拡大に充てられたそうです。今回の転換で最先端ロボットの数は1200から1650に増加し、自動化率は約90%を達成。組み立てラインの自動化率も、約2倍の28%になったそうです。
また自動化については、手を肩より上に上げたり頭の上でする作業、単調な作業など、ちょっと厳しい作業分野が対象になっていました。こういうのは羨ましいです。3Kの仕事という雰囲気から脱却する方向にあるのは間違いなさそうです。
確かにビデオを見ると、車を作っている雰囲気ではないですね。撮り方、見せ方もうまいのでしょうが、これなら働きに行ってもいいなあって思える現場になっています。
Official start of production ID.5 and ID. 5 GTX in Zwickau
※公式ニュースルームで公開された動画をYouTubeのEVsmartチャンネルにアップしました。
当たり前ですが、工場のグリーン化も進んでいます。ツヴィッカウ工場は今回、全体で5万m2以上の生産ホールを新設。その中には、ツヴィッカウ工場で生産されるすべてのEVのボディシェルのパーツをプレスすることができる設備も含まれます。このため、年間9000回のトラック輸送が不要になったとしています。
カーボンニュートラルに関しては、ツヴィッカウ工場は2017年に外部電源を100%グリーン電力に切り替え済みなほか、サプライチェーン、プロダクションチェーンの全体でカーボンニュートラルな生産を実現しているとしています。
また工場の転換にあたっては、すべての従業員がEVに関する講義に参加。約9000人の常勤スタッフは新しいテクノロジーに関する教育を受けたそうです。どんなトレーニングなのか、詳しい内容が知りたいところです。
EV専用工場への転換で労使関係の良好さを強調
フォルクスワーゲン・グループは、2021年3月5日に発表した『ACCELERATE(アクセラレート)』戦略に基づいて電気自動車事業に傾斜しています。ツヴィッカウ工場をEV専用に転換したのはその一環です。今後、同様の工場が増えると思われます。
EV生産の拡大は、どこの国でも労使関係に一定の影響を及ぼします。そのためか、フォルクスワーゲンでは工場の転換に関するリリースの中で、労使一体であることを強調するために、フォルクスワーゲンザクセンの総合労使協議会、イェンス・ロス議長のコメントを記載しています。前回の「透明な工場」に続く今回のリリースでは、次のように歓迎のコメントを出しました。
「電気自動車の生産に切り替えることは、ツヴィッカウ工場にとってまさに正しい決断でした。私たちのモデルの需要は急増しており、私たちのチームの仕事は今後何年にもわたって確保されます。私たちは変化の先駆者であり、私たちに対するグループの信頼に応えました。これは何よりもまず、従業員による素晴らしい成果です」
何度も書いていますが、EVへの流れの中で大量の雇用が失われることを強調するのは、新しい流れに逆行するものではないかと感じます。少なくとも、EV専用工場を計画しているGM、すでに転換を始めたフォルクスワーゲンは、カーボンニュートラルに向かう中での新しい労使関係の構築を進めているように見えます。だから工場の転換が進められるのかもしれません。
翻って日本でも、こうした動きが目に見えるようになるといいなあと思うのですが、自工会の姿勢を見ると、まだ表だって議論できる状況にはないのかもしれません。時間がかかるのもまた、日本独自ということで仕方ないのでしょうか。ちょっと残念です。
(文/木野 龍逸)