メルセデス・ベンツ『Eスプリンター』を凌駕する意欲的なスペック
欧州ではメルセデス・ベンツが商用EVの『Eスプリンター』を発売(関連記事にリンク)するなど、商用車をEV化する動きが顕著になってきています。特徴的なのは、航続距離を長くする傾向がある乗用車と違い、バッテリーの容量を55kWh、または41kWhに抑えて荷室を広くとるなど商用車の実用性に重点を置いていると、公式リリースで説明されていることです。
対するプロエース・エレクトリック(PROACE Electric)も、同じように商用車に求められる実用性を備えていますが、スペック上の性能は意欲的です。
まず、バッテリー容量は50kWhと75kWhの2種類で、Eスプリンターよりかなり多くなっています。航続距離はそれぞれ、WLTPで230km、330km(EPA換算推計値は、約205km、約294km)なので、これもEスプリンターの最大168km(WLTP ※EPA換算推計値は約150km)に比べると大幅に伸びています。
モーターの出力は100kw(136hp)で、最大トルクは260Nm、最高速度は130km/hです。Eスプリンターの最大出力とトルクは85kw、295Nmです。
またプロエース・エレクトリックは、こうした基本性能を確保しながらも、最大積載量は1275Kgで、牽引能力は1000kgと、内燃機関の商用車に遜色のない能力を備えています。ちなみにベース車両になるプジョー『エキスパート』の内燃機関モデルは最大積載量が1400Kgなので、バッテリー重量を考えるとがんばって積載量を確保していると言っていいでしょう。
充電タイプはCCS2で、最大100kWでの急速充電に対応しています。50kWhのバッテリー容量のプロエース・エレクトリックを100kWの充電ポイントで充電した場合、ほぼ0%近くからでも30分で80%まで入ります。3相交流の普通充電では、最大16A(11kW)での充電が可能で、リリースによれば充電時間は2時間未満で、走行距離100km程度の電力量(単純計算で22kWh)を入れることができます。
【プレスリリース】
Toyota introduceert PROACE Electric(オランダ語)
ここでもトヨタは最大100万km、75%までのバッテリー保証を用意
トヨタは昨年、欧州での新しい商用車戦略「トヨタ・プロフェッショナル」を発表し、ライト・コマーシャル・ビークル(LCV)の拡充と電動化を進める事を明らかにしました。その一環として、すべての商用車に最大5年の保証を付けたほか、2年間の無料ロードアシスタンスを実施するなど、サービスの拡充を進めています。
またトヨタ・プロフェッショナルでは、プロエースとプロエースシティのEVバージョンを販売する理由について、「気候変動と大気の質に関する懸念の高まりが、多くのヨーロッパの都市における新たな排ガス規制につながっています。これらの要因は、特に都市部において、LCVの顧客が求めるものと優先順位を変えています」と説明しています。
さらにトヨタ・モーター・ヨーロッパのマット・ハリソン氏(エグゼクティブ・バイス・プレジデント)がトヨタ・プロフェッショナルについて、欧州での電動化を進めるにあたりサポートを充実させることを明言しているように、プロエース・エレクトリックの保証も充実しているようです。
まず車体について最大5年間、20万kmまで保証しているほか、EVのプロエース・エレクトリックは、バッテリーパックについて最大100万kmか最長15年、元の容量の75%まで保証するとしています。先月発表されたレクサス『UX300e』の「10年100万km保証」を超える手厚い保証です。また、予想外の電欠の際、充電ポイントまで運ぶロードアシスタンスも用意しているそうです。
プロエース・エレクトリックは現在、予約を受け付け中で、オランダなどでは今年10月からデリバリーが始まる予定です。また2021年の早い時期には、9人乗りの、シャトルタクシーなどの業者向けモデルも登場する予定です。
PSAグループのEV戦略から派生したトヨタの商用EV
EVsmartブログでは、欧州市場でEVの販売台数が伸びていることを随時最新情報に更新しながらお伝えしています。背景にあるのは、繰り返し報じられている欧州各国が予定している内燃機関への厳しい規制です。
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英国ではロンドンが、2003年から渋滞緩和を目的にしたロードプライシング(コンジェスチョンチャージ)を実施して市の中心部への流入を制限しています。当時からハイブリッド車などは規制の対象外でした。もちろんEVも対象外です。今後、ロンドンは2030年には内燃機関自動車の乗り入れを完全に禁止する予定です。
その後、欧州では1990年代から激増したディーゼル車の排ガスによる大気汚染の拡大や、気候変動対策が急務になってきたことなどから、内燃機関に厳しくEVを有利にする政策が各国に広がっています。
こうした中、EVとプラグインハイブリッド車(PHEV)の販売台数シェアが英国やドイツ、フランスなどで10%に届きそうになっているのは特筆に値することだと思います。北欧については、ご存知のようにEVとPHEVをあわせるとスウェーデンで20%以上を維持しているほか、ノルウェーは70%前後で推移するという、かなり特殊な状況が続いています。
このような市場環境を反映したと思われますが、プジョー、シトロエン、オペルなどを傘下に持つPSAは、EMP2というプラットフォームを開発し、内燃機関と電気駆動の両方に対応できる基礎を構築しました。
EMP2を使ったEVとして、PSA各社はそれぞれ、プジョー『e-エキスパート』、シトロエン『e-ジャンピー(ディスパッチ)』、オペル/ボクスホール(ボクソール)『ヴィヴァーロ-e』を5月15日に発表しています。
いずれも内燃機関のモデルを先行して販売していますが、EVは英国の「BEDEO(BD AUTOが社名変更)」がイタリアの工場で生産するようです。BEDEOは、インペリアル・カレッジ・ロンドン、ハーバード大学、マサチューセッツ工科大学でそれぞれ修士号(MSc、MPA、MBA)を取得したオスマン・ボイナール代表が2009年に創業したEVベンチャーです。
もともとEMP2は内燃機関、EVのどちらにも対応可能なプラットフォームです。EVについてはPSAとBEDEOが共同開発しています。しかしPSAが自社内でEVを生産するのではなく、ニュースメディアの多くはレトロフィットという言葉でBEDEOのEV生産を表現しています。
内燃機関からのコンバートではありませんが、ベンチャー企業にホワイトボディーを渡してEVを生産する方法は興味深いものがあります。いったいどんな車になるのか楽しみです。PSAはBEDEOと協力関係にあり、今後もレトロフィットのEVは増える可能性があります。
一方のトヨタですが、プロエース・エレクトリックは内燃機関ののプロエース同様、PSAとの提携の中でOEM供給される車です。だからこのEVは、技術的にはトヨタの既存のHEVやPHEV、EVとまったく関係がありません。そう考えると、トヨタの名前を冠した電気自動車が一定数、世の中に出てくるとはいえ、過去のトヨタの車と技術的な継続性、連続性はないので、全体戦略の中での電動化の位置づけがいまひとつ見えないという印象を受けます。
欧州の一部地域限定とはいえ、トヨタからプロエース・エレクトリックが発売されたのは喜ばしいことだと思いますが、PSAとの関係が解消されればラインナップから消え去ります。
最終的に欧州市場がどうなるのか、確定的なことは言えませんが、トヨタ自身が繰り返し発言しているように、気候変動や大気汚染への対応を考えるとEV市場が一定割合で定着するのは確実でしょう。その市場にどのように関与していくのか、自動車メーカーによって対応に差があるのは当然ですが、まったく関与しないという選択肢はないのではないかと感じます。
今回、OEMとはいえ商用EVの販売が伸びればトヨタの次世代車戦略に何らかの影響があるかもしれないので、そこは期待したいところです。とはいえ、OEMにとどまっている間は将来の姿がぼやけたままで、トヨタがどこを向いて進んでいくのかよくわかりません。今に始まったことではありませんが、そんなトヨタの姿勢が、やっぱり気になる梅雨空の下ではあります。
(文/木野 龍逸)