EV創世記【第5回】122年前に人類初の100km/hを記録したEVの直流モーター

日本におけるEV普及活動のパイオニア、自動車評論家の舘内端氏が「なぜ、電気自動車なのか」を考える連載企画。第5回では、人類が初めて時速100km/hを超えたジャメ・コンタント号のモーターとバッテリーについて考えます。

EV創世記【第5回】122年前に人類初の100km/hを記録したEVの直流モーター

※冒頭写真は再現されたジャメ・コンタント。※michelinchallengedesignより引用。

100km/hを支えたモーターは?

さて、葉巻型のEVレーサー、ジャメ・コンタントが人類初の時速100km/hを記録したのは1899年(明治32年)4月29日であった。20世紀を眼前にして、どんな時代だったのだろうか。

10年前の1889年にはパリ万博が開かれ、エッフェル塔が建設されている。そのエッフェル塔には116メートルも一気に昇降するエレベーターがあった。このエレベーターのモーターをジャメ・コンタント号にも使ったのだろうか。いやいや、エッフェル塔のエレベーターは水力式であった。

軽自動車に匹敵するジャメ・コンタント号のモーター

それはともかく1880~90年代のモーター技術はどんなものだったのか。EVの基本技術はモーターとバッテリーであるだけに、大いに気になる。ちなみにジャメ・コンタント号には25kW(34PS)のモーターが2基、計50kW(68PS)搭載されていた。ツインモーターの出力を合計すれば、軽自動車並みの出力だ。

Jamais contente
ジャメ・コンタントの構造を紹介する動画です。(Thierry LABOUREL on YouTube)

たとえば三菱の軽EV、i-MiEVのモーター出力は47kW(64PS)であった。いまから122年も前に、すでに軽自動車を走らせるのに十分な出力のモーターが存在したのである。ただし、モーターが要求する電圧と電流をバッテリーが流せないと、この出力を出すことはできない。

三菱『ミニキャブMiEV』のモーター。(三菱自動車車種サイトから引用)

ジャメ・コンタント号の電池は現代に通用するか

ジャメ・コンタント号のモーターを前輪に1基、後輪に1基載せれば、EV軽並みの立派な4WD車になる。残るは電池だが、果たしてジャメ・コンタント号の電池が現代に通用するだろうか。

鉛蓄電池は1859年(明治になる9年前)に、フランス人のガストン・プランテにより発明されているので、1899年に時速100キロメートル出したジャメ・コンタント号に使われた電池『FULMEN』は、おそらく鉛蓄電池だ。

鉛蓄電池は、現在のエンジン車のスターター用電池として元気良く使われている種類の電池である。日本では1895年に島津製作所にて二代目島津源蔵が初めて試作に成功したことに始まる。島津製作所は、所員の田中耕一氏がソフトレーザーの研究でノーベル賞を獲得した事で知られるが、電池技術でも世界的な技術をもっている。

鉛蓄電池は瞬発力が強く、寒冷地でも働くが、一定のパワーをずっと出し続けるような使い方には向いていない。つまり航続距離型EV向きではない。しかし、瞬間パワーは驚くほど大きいので、0~100km/hのような競技には向いている。

日本EVクラブが提唱する電気レーシングカート(ERK)では、今も鉛蓄電池が大活躍している。

ということで、ジャメ・コンタント号に使われた電池は、残念ながら当時のままでは現代の市販EVには通用しない。だが、航続距離もパワーも寿命も「そこそこでいい」というのであれば、立派に使える。つまり、現代の「より速く、より遠くへ、より快適に」移動したいという地球破滅型欲望には応えられないが、欲望の大きさと方向を変えれば、十分に使えるということだ。

ジャメ・コンタント号の資料をYouTubeで調べると、再現されたマシンが実際に走っている動画に行き当たる。けっこう速い。搭載しているのは鉛蓄電池に違いない! コンバートEVと呼ばれる改造電気自動車のほとんどに使われる電池も、電気カートに使うのも、基本は鉛蓄電池である。鉛蓄電池を使えるように使うのである。

La Jamais Contente, First Car at 100 km/h in 1899, 100% Electric and Belgian
Xavier Van der Stappen on YouTube

人類は、なぜ、進歩するのか?

つまり、ごく普通に考えれば、122年前からEVの課題は電池の性能(だけ)だったのである。電池さえまともであれば、自動車は何の問題もなく、進歩する必要もなく、122年前から(包丁やのこぎりや斧のように)生活に溶け込んで人々を幸せにしていたのではないだろうか。

しかし、なぜ鉛蓄電池ではダメで、電池の進歩が求められたのだろうか。ここでは結論は書かないが、現代世界の問題を考えるうえで、この疑問は実に重要な命題である。

それにしても、モーターなる原動機は122年間、ほとんど進歩を必要としなかったのは、かなりショッキングな話だ。内燃機関ではまったく考えられないことだ。内燃機関は日々進歩することを宿命づけられていた。進歩しなければ生き残れなかったのだ。なぜ? 

内燃機関では、まずだれでもエンジンが始動できるようにセルモータを、そしてエンジンを止めずに発進できるクラッチを、そしてスピードを高める変速機の発明が必要だった。さらにパワーやトルクの動力性能の向上に始まり、騒音、振動、そして排ガス、さらにCO2と、内燃機関自動車の台数が増え、普及するほどに解決しなければならない課題が山積していった。   

これらの課題を解決することを進歩と呼ぶのであれば、進歩することを運命づけられていたのであった。内燃機関は、常々進歩が求められる未完成の動力機関だったということになる。とても122年前のエンジンを軽自動車で使えるものではない。それに引き換えモーターは122年前に完成していたといえるのだ。

必要な進歩ばかりではない

私たちは進歩こそが豊かさへのカギであり、進歩したから人々は幸せになったと、くどいほど教えられてきた。そして進歩してきた。で、どうなったか。

地球は温暖化し、気候は激しく変動し、世界の英知がCOP26に集まり、「我々はどう〈進歩〉すればよいのか」と話し合っている。彼らが話し合うべきはジャメ・コンタント号のモーターと現代のEVのモーターの違いについて学び、進歩について考えることではないだろうか。

上記のように、内燃機関にはたくさんの伸びる余地があった。それは研究開発に血道をあげられるということであり、研究の成果という果実をたくさん手に入れられるということであり、研究者を大いに楽しませ、多くの技術者とパーツメーカーを必要とするということであり、いってみればそれだけ楽しく、儲かるということだった。皮肉を込めて言えば、資本主義が拡大していった20世紀にふさわしい原動機だったのである。

一方、伸びる余地の少ないモーターは、論文を書いても博士号は取りにくく、実験するにも研究室は小さくて、実験器具も少なくて済み、実験に時間もかからない。つまり、金もかからず、儲からず、つまらない研究題材なのであって、資本主義的技術ではない。だが、それだけに地球環境への負荷は少ないのである。

ジャメ・コンタント号のモーターは直流モーター

今一度、ジャメ・コンタント号のモーターについて考えよう。まずは、モーターの基礎的知識だ。

モーターには永久磁石(PM=パーマネント・マグネット)を使うものと使わないものがある。これまでは使わないモーターが主流であったが、永久磁石を使うと効率が高く、小型でコンパクトになることからこのモーターを使うEVがほとんどである。永久磁石同期モーター(ブラシレスDCモーター)だ。

ただし、永久磁石を使わない非同期モーター(誘導モーター)に比べると、永久磁石式は回転が滑らかではなく、ゴツゴツ感がある。また、空転時のエネルギー損失が大きく(回生ブレーキが効く)、出力が小さく、高級EVでは使わないケース(メルセデスEQC、テスラなど)もある。しかし、主流は同期型のブラシレスDCモーターだ。ただし、このモーターはネオジム等の希少金属を使用するため資源問題を抱えている

ブラシレスDCモーター(同期モーター)の登場は最近である。したがって、ジャメ・コンタント号のモーターは永久磁石を使わないモーターとなる。このモーターには直流式と交流式がある。

おもなモーターの種類

永久磁石(PM)モーター名称用途など
不使用電磁石DCモーター低コストで、電動二輪や小型EV、自作EVなど向き
不使用誘導モーター(IM)高回転の継続に強く新幹線車両などに使われている。
使用ブラシレスDCモーター名称はDCだが供給電流は交流。多くはPMを回転子に内蔵している(埋め込み型)。
使用埋込磁石同期モーター(IPM)現在の量産EVの主流。ブラシレスDCモーターの一種。
不使用スイッチトリラクタンスモーター(SRM)永久磁石不使用で資源問題を回避できるなど優れた特性をもつが高度な電子制御が必要なため少数派。SRMを搭載したERK(電気カート)が日本EVフェスティバルで優勝している。

ジャメ・コンタント号に使われた(はずの)直流モーター

直流モーターは「固定子」と「電機子」と「整流子」で成り立っている。固定子は、モーターの筒の内側に銅線で巻かれたコイルである。回転はせずモーターの筒の内側に固定されている。

電機子はコイルが巻かれた回転する筒で、コイルは極の数だけ独立して巻かれている。小中学校で製作する模型のモーターは直流モーターで、シンプルなのは2極あるいは3極型で、独立して筒形に巻かれたコイルの塊が2つあるいは3つある。

コイルが巻かれた塊は、ひとつの筒にまとめられ電機子となる。この塊ごとに外から電気を受け取る端子があり、端子を筒形に並べた筒が整流子である。

ここにカーボン(炭素)で作られたブラシが接し、電流がブラシを経てそれぞれのコイルに流され、N極とS極に適切に切り替わるように電流が流される。整流子は回転型の電気スイッチである。

ちなみに他のモーターのこのスイッチには、半導体式のスイッチング素子=パワー半導体が使われている。大電流、高電圧の電気をオン・オフさせるこの半導体は、EVの要の素子である。ということで整流子もカーボンブラシも使わない。それで「ブラシレスモーター」と呼ばれる。

と、いろいろと説明したところでわからないのは、私の力不足である。お許しを。だからとモーターを分解してみても、なかなかわからないのでよろしく。

直流モーターの仕組みとは?
「Lesics 日本語」 on YouTube

さて、ジャメ・コンタント号のモーターは、上記のブラシを持つ直流モーターだと考えられる。高級な技術の半導体を使わずにジャメ・コンタント号は走った(というかまだ半導体はなかった)のだ。しかも人類で最初に時速100キロメートルを記録した。それで十分ではないだろうか。

では、なぜ現代のEVはパワー半導体を必要としているのか。このEV創世期では、そんな疑問に真正面からぶつかっていこうと思っている。

(文/舘内 端)

この記事のコメント(新着順)2件

  1. 電気屋兼ミニ四駆オタクです(笑)モーターと聞いて脊髄反射でマブチFA-130やハイパーダッシュモーターを連想しちゃいました!!(自爆)…以前FA-130を分解したとき外側が永久磁石で内側の回転軸が3極の電磁コイルだったのを覚えてますよw極数(端子の数)を奇数にしないと死点(そこで止まると起動できなくなる)が生じますから。
    「電気自動車は電池だけが課題」は激しく同意、ミニ四駆によく使われるニッケル水素蓄電池も最速短時間充電は15分(電動工具)だったはず。初代プリウスがニッケル水素蓄電池を搭載したのもわかりますよ。
    現代のEVがインバータを使う理由は鉄道の電力回生技術がヒント!元来消費電力を少なくするため導入されたVVVF(可変電圧可変周波数)制御が採用されたのも限られた電池容量を最大限生かすためやないですか!?さらに鉄道とて変電所の電力容量は有限だから効率化が叫ばれてました…その鉄道も非電化区間に進入可能な蓄電池電車が出たから比較には好都合ですが。
    ※鉄道オタクな電気自動車ユーザーが少なくて寂しいです、トホホ。

    愛車のi-MiEVに使われるモーターはPMSM(永久磁石式同期電動機)と聞きます。これもインバータ制御で動かしてるはずですが…なんと鉄道にもPMSMを使う車両がありますよ!!理由がメンテナンスフリーで人件費抑制可能ときてますが将来の若手不足に備えてるんやないですか!? (こういうとき鉄道の知識が役に立ちますよw)

  2. 界磁も電磁石のシリーズモーターだったのですかね。在来線の1/3くらいの電車に使われていますね。高速回転だとブラシのアークがつながっちゃう現象が難物でした。1980年ころまで高速エレベーターやジューサーミキサーにも使われてましたね。ブラシも交換が必要でした。
    鉛蓄電池だと回生ブレーキがすぐに立ちあがらないのでは、と誰かがいってました。本当だかは知りません。

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この記事の著者


					舘内 端

舘内 端

1947年群馬県生まれ。日本大学理工学部卒業。東大宇宙航空研究所勤務後、レーシングカーの設計に携わりF1のチーフエンジニアを務めるとともに、技術と文化の両面からクルマを論じることができる自動車評論家として活躍。1994年に日本EVクラブを設立(2015年に一般社団法人化)し、EVをはじめとしたエコカーの普及を図っている。1998年に環境大臣表彰を受ける。2009年東京~大阪555.6kmを自作のEVに乗り途中無充電で走行(ギネス認定)。2010年テストコースにて1000.3kmを同上のEVで途中無充電で走行(ギネス認定)。著書には『トヨタの危機』(宝島社)、『ついにやってきた!電気自動車時代』(学研新書)など多数。

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