テスラ モデルX 75Dの航続距離〜寒冷地での理想的な充電インフラとは?【EVで走る冬の北海道 Part1】

日本の豪雪地帯と同程度の気温・降雪量の北欧を含む世界でEV(電気自動車=BEV)の販売が増加するなか、そのような国からの情報が入りづらい国内では、まだまだ不安視する声が多く聞こえます。今回は実際に冬の北海道を走り、その実力と使い勝手を検証します。

テスラ モデルX 75Dの航続距離〜寒冷地での理想的な充電インフラとは?【EVで走る冬の北海道 Part1】

【シリーズ記事】
Part1/寒冷地や雪道での電費の低下を検証し、理想的な充電インフラを考える(本記事)
Part2/EVの雪上での走行性能を検証(予定)
Part3/立ち往生を想定した消費電力テスト(予定)

なぜ航続距離が短いテスラ モデルX 75Dで検証?

今回の検証で使用した車種は、2018年製のテスラ モデルX 75D。モデルXは2023年春の時点でテスラ車として最もサイズが大きい乗用車であり、それだけ消費電力も多い(電費が悪く航続距離が短い)車種です。グレード名の「75D」が示すように、EVとしては比較的大容量となる75kWhの電池を搭載しているものの、車重が重い上に四輪駆動ということもあって、WLTP航続距離はテスラとしては(ほぼ)一番短い417km。正確にはさらに航続距離が短い「60D」というグレードもありましたが、こちらは発売から2年程度で販売が終了しています。

そしてもう一つ航続距離において不利な点は、2018年製の場合、近年主流となっている「ヒートポンプ式」の暖房ではなく、旧式の「PTCヒーター」を使用している点。PTCヒーターは構造がシンプルで実績も多い方式ですが、消費電力が多く、航続距離への影響が大きいという欠点があります。この消費電力は走行時だけでなく、万が一立ち往生した場合に暖房を使用できる時間にも影響しますので、Part3では立ち往生を想定した検証も取り上げる予定です。

このような理由から2018年製のテスラ モデルX 75Dは寒冷地に向いているとは言えないものの、あえて不利な車種で検証を行うことで、より多くの人にとって参考になる結果が得られるでしょう。

寒さや雪がEVの航続距離に与える影響は?

一般的にEVに使われるリチウムイオン電池は低温では性能が低下し、実際に使える電力量が少なくなると言われています。さらにEVにはエンジンのような熱源がないため、暖房を使った場合はそれだけ電費が悪くなり、航続距離が短くなります。

それでは、低い気温は実際にどの程度電費や航続距離に影響するのでしょうか。比較するために、まずは首都圏での電費から見てみましょう。今回は首都圏から出発して茨城県大洗港に向かい、そこからフェリーで北海道の苫小牧に移動する行程で、首都圏(東京湾アクアライン)から大洗港に向かった際の電費がこちらです。

東京湾アクアライン~つくばスーパーチャージャーの電費

クリックすると拡大表示します。(以下同)

つくばスーパーチャージャー~大洗港の電費

結果が2つに分かれていますが、これは途中でテスラの超急速充電設備である「つくばスーパーチャージャー」を経由したためです。テスラ車で効率よく長距離を移動するには、テスラ専用の超急速充電器である「スーパーチャージャー」を活用することが必須で、つくばを過ぎると北海道札幌市まで経路上にスーパーチャージャーが存在しないため、ここで余裕を見て約90%まで充電しました。

充電の前後の電費はそれぞれ206Wh/kmと223Wh/km、国内で一般的な表記に換算するとそれぞれ4.85km/kWh、4.48km/kWhです。この時の気温は11℃〜14℃前後であり、エアコンは全行程でオートの20℃に設定。最高速度は90km/h〜110km/h前後で、この条件での電費としては、普段の体感とも相違ないものです。

次に、気温が電費に与えた影響を見てみましょう。

苫小牧港~札幌スーパーチャージャーの電費

こちらは苫小牧でフェリーを降りてから札幌スーパーチャージャーに到着するまでの結果で、気温の低下に加えて、以下のような悪条件が重なりました。

・気温が約0℃まで低下したため、電池の温度が低い状態(約10℃)からスタート。
・スーパーチャージャーに到着する手前で電池のプレコンディショニング(充電速度を高めるために、ヒーターを使い電池を温める機能)が作動。
・札幌市内で軽い渋滞。

参考までに、筆者の経験上、高速道路で電池のプレコンディショニングが作動した場合は電費が30Wh/km程度、一般道では50Wh/km程度(運転速度により変化)悪化します。結果的に電費は300Wh/km、すなわち3.33km/kWhまで低下していますが、プレコンディショニングがなければ270Wh/km程度になると思われます。この区間ではほぼ積雪はなく乾燥した路面で、気温や電池の温度、交通状況などの変化だけでも、かなり電費が変わることがわかりました。

次に、低温に加えて積雪がある場合の電費を見てみましょう。

札幌市内~石狩市内の電費(往路)

石狩市内~札幌市内の電費(復路)

こちらは札幌市内から石狩市内を往復した際の結果で、どちらも318Wh/km、すなわち3.14km/kWhとなりました。行程の半分程度が圧雪路または数cm程度の積雪路で、気温の低下に加えて、積雪のある道ではさらに電費に影響することがわかりました。

最後にこれらの結果を表でまとめて見てみましょう。参考として、満充電での航続距離(現時点での劣化を加味した使用可能な電池容量≒65kWhで計算)も掲載しています。

行程外気温路面状況電費満充電での航続距離備考
東京湾アクアライン~つくばスーパーチャージャー13.8℃積雪なし206Wh/km
4.85km/kWh
315km適切な電池温度でスタート
つくばスーパーチャージャー~大洗港11℃積雪なし223Wh/km
4.48km/kWh
291km適切な電池温度でスタート
苫小牧港~札幌スーパーチャージャー0.3℃積雪なし300Wh/km
3.33km/kWh
217kmプレコンディショニング作動、渋滞あり
札幌市内~石狩市内-2.9℃積雪あり318Wh/km
3.14km/kWh
204km適切な電池温度でスタート
石狩市内~札幌市内-1.3℃積雪あり318Wh/km
3.14km/kWh
204km適切な電池温度でスタート

最新のEVを使った検証結果

今回の検証では、北海道では首都圏と比べて消費電力が約1.5倍に増え、航続距離は約2/3となる200km程度まで低下するという結果になりました。ただしこれはあくまでテスラ車として(ほぼ)最も条件が悪い車種での検証結果であり、最新の車種ではヒートポンプエアコンや熱管理システムの搭載などにより、寒冷地での電費や航続距離が大きく向上しています。

例えばYoutubeで寒冷地での検証結果を発信しているCanuck氏によると、ヒートポンプやオクトバルブ(テスラの最新の熱管理システム)を搭載したモデルYでは、-8℃の環境でも航続距離の低下は19%程度に抑えられるとしています。米エネルギー省が公開している試験結果によるとガソリン車は15%、HVは30%〜34%、従来のEVは39%の低下とされているため、近年のEVの進化により大きく改善していると言えるでしょう。

米エネルギー省、Canuck氏の検証結果より筆者作成。

この他にもYoutubeやSNSなどでは-20℃以下の極寒や吹雪などのより厳しい条件での検証結果、そして現地のオーナーによる生の声も多く投稿されています。実際に寒冷地や豪雪地帯に出かけたり、EVの購入を検討する際は、これらの情報も大いに参考になるでしょう。

寒冷地で安心してEVを使うために必要な「基礎充電」とは?

どれだけ効率が上がっても内燃機関車にガソリンスタンドが必要なように、EVには充電インフラが欠かせません。ただし原則ガソリンスタンドで燃料を補給する内燃機関車とは異なり、EVには複数の充電方法が存在します。

まず、EVの充電において最も重要なインフラは「200Vコンセント」やケーブル付きの「普通充電器」で、これらは「基礎充電」や「目的地充電」とも呼ばれています。EVに限らず多くの乗用車は約9割の時間を駐車場で過ごしており、駐車中に充電できるように普通充電器や200Vのコンセントを設置することで、いつでも満充電の状態で出発できます。逆に、筆者は(特に寒冷地においては)自宅や拠点ガレージで基礎充電できない環境でのEVの運用はおすすめしません。

筆者事務所の駐車場に設置されたテスラの普通充電器(ウォールコネクター、上)と200Vコンセント(下)。

設置費用についても基礎充電が最も安価で、例えば200Vコンセントであれば一般的な戸建てなら数万円程度から設置可能(設置工事費は配線の距離などで異なります)。

集合住宅では高額になりがちで、分譲マンションなどの場合管理組合の承認が必要ですが、承認の手続きをサポートしながら補助金を活用して無料、あるいは費用を節約しながら設置してくれる業者も増えています。また、新築の東京都など一部の自治体では集合住宅への充電設備の義務付ける動きがあり、それ以外の自治体でも設置されている物件が徐々に増えており、そのような集合住宅への引っ越しも手段の一つでしょう。

今回の検証では、たとえ急速充電器がなくても、自宅や目的地(長時間滞在する商業施設や宿泊施設など)に普通充電の環境さえ整備されていれば、テスラ モデルX 75Dのような比較的航続距離が短い車でも200km程度はさほど不安なく移動できることが分かりました。最新の車種や大容量の電池を搭載したグレードであれば、1充電で移動可能な距離はさらに伸びます。

そして例えばテスラ モデルX 75Dであれば、現実的な航続距離である200km程度よりも長い距離を一気に走る場合に初めて登場するのが、スーパーチャージャーをはじめとした急速充電インフラです。

遠出で必要となる、理想的な急速充電インフラ

それでは、寒冷地を考慮した急速充電インフラは、どのような形になるのでしょうか。

筆者は急速充電器は最高出力(充電速度)が重要と考えていて、これは電費が悪化し航続距離が短くなる寒冷地ではさらに重要になる可能性があります。例えば通常30分で300km走行分を充電できる車両の場合、寒冷地だと200km走行分まで低下する可能性があるからです。同じように、150km走行分を充電できる車両の場合は100km走行分まで低下する可能性があります。最新のモデルYと同程度の効率であればそれぞれ240km、120kmに改善する計算ですが、それでも同じ時間で回復できる航続距離の低下は免れません。

筆者は以前より現時点で最低150kW、将来的には250〜350kW級の超急速充電器を要所々々に設置することを提唱してきました。超急速充電の目的は「休憩時間での充電だけで目的地までたどり着くこと」であり、全てのSAPAに設置する必要はなく、また、全ての充電器を超急速充電器とする必要もありません。設置費用が嵩むのであれば、超急速充電器は通常の急速充電器よりも利用料金を上げても良いでしょう。

【参考記事】
すべてのEVが快適に遠出できる充電インフラとは? ~高速道路に必要な「超急速充電器」を考える(2022年10月29日公開)

ところで現在EVシェアが8割程度を占める北欧ノルウェーでは、これまで都市によってシェアにばらつきがありました。例えば北部の都市であるトロムソでは南部の首都オスロよりもシェアが低い状態が続いていました。トロムソは日本で最多の降雪量と言われる山形県と同程度の豪雪地帯で、このシェアの差を根拠に「EVは豪雪地帯に向いていない」とする意見もありました。

出典:OVF(Norwegian Road Federation=ノルウェー道路連盟)、Weather Spark

ところが上記の通り、2022年に入ってからは豪雪地帯のトロムソでも他の都市と同程度のシェアまで増加しています。この理由として、出典のOVFによると「トロムソ周辺ではこれまで長距離を移動するために十分な急速充電インフラの整備が遅れていたため、EVの普及が遅れていた」と分析していて、充電インフラが整ったことが、シェアが増加した理由としています。それでは、同地域の充電インフラはどの程度整備されているのでしょうか?

ノルウェー・トロムソ周辺の概ね150kW以上の急速充電器(ChargeFinderより)。

欧州の充電器を検索するサイト「ChargeFinder」によると、左上に位置するトロムソから見て出力150kW前後が約数十kmの間隔、出力200〜300kWの超急速充電器も一定の間隔で設置されていることがわかります。

一方で日本国内では150kWの充電器は大都市や一部のSAPAを中心に徐々に増えているものの、例えば北海道では150kW以上の超急速充電器は函館と札幌にある2箇所のテスラスーパーチャージャーに限られます。函館と札幌は道なりで250km~300km程度離れており、テスラ モデルX 75Dの場合、出力50kW以下の充電器を併用しなければ辿り着くことはできません。ところが上記の参考記事にもあるように、多くの人にとって出力50kWの充電器では休憩時間だけで充電を完了させることは困難であり、EVへの移行を阻害する原因になると考えられます。

ノルウェーと同様に「出力150kWを数十km間隔に複数基設置」、さらに「出力200~300kWの超急速充電器も一定間隔に設置」すること。これからノルウェーと同等のEV普及率を目指すのであれば、避けては通れない道ではないでしょうか。

充電器付きの宿泊施設でも……?

前述の通り、旅行などで長距離を移動する上では「目的地充電」とも呼ばれる、目的地での普通充電(基礎充電)が欠かせません。特に宿泊施設に普通充電器や200Vコンセントが付いているかどうかによって、EVの使い勝手は大きく左右されます。寝ている間に充電できれば翌朝に満充電で出発可能となり、旅程の自由度が大きく変わるためです。

ということで、今回は充電設備が付いている宿泊施設を予約するために、EVsmartで滞在先の札幌市(1泊目)と小樽市(2泊目)を検索。1泊目の札幌市は大都市なので複数の充電器付きの宿泊施設が見つかったものの、小樽市の検索結果は……。

小樽市周辺の充電器(画像:EVsmartより)。

上記の通り、充電施設は自動車販売店が中心で、残念ながら宿泊施設は1件も見つからず。念のため補足すると、これはEVsmartの情報量が少ないわけではなく、他の充電器検索サービスでも同様、充電器付きの宿泊施設は掲載されていませんでした。

とはいえ、筆者の経験上、ごく稀にEVsmartなどの検索サービスに掲載されていない宿泊施設が存在することを知っています。ダメ元で小樽市観光協会に確認してみると…幸運なことに、市内中心部に充電器付きの宿泊施設があったのです。早速観光協会に教えていただいた宿泊施設に問い合わせした上で、迷わず予約。(今回は記事や検索サービスでの掲載の可否が確認できなかったため、施設名は非公開とします。EVオーナーの方、ごめんなさい!)

さて、まずは1泊目の札幌市の宿に到着し、充電器の場所を確認すると……、なんと「充電器を使いたい」という旨が担当者に伝わっておらず、充電スペースにはガソリン車が。今回は予約サイトの備考欄を使って事前に連絡していましたが「しっかり電話で確認しないといけないな」と反省しました。その後、先に停まっていたガソリン車に移動していただき、無事に充電できました。臨機応変に対応してくださった担当者さま、ありがとうございました。

そして次の日、小樽の宿泊施設については事前に電話で連絡して充電器を予約していたので、さすがに今度は「大丈夫だろう」と心配せずに到着したところ……。

ご覧の通り雪の壁に埋もれていて、またもや使用できる状況ではありませんでした。しかしこれも想定内。除雪用のスコップを携帯していたため、宿泊施設の担当者と一緒に掘り起こし、こちらも無事に充電することができました。この様な状態は雪国では珍しいことではなく、自動車販売店に設置されている急速充電器でも、営業時間外には除雪が必要な状況は珍しくないそうです。EVが増えて利用頻度が上がるまではスコップを携帯するなど、利用者側としても注意が必要かもしれません。

ところで、この宿泊施設にある充電器、苦労して除雪してみると……。

実は無料にもかかわらず最大出力6kWという、とても優秀な充電器(メルセデス・ベンツの純正ウォールユニット!)が設置してありました。大容量の電池を搭載したテスラ モデルXの場合、3kWだと翌朝までに満充電できないこともありますが、6kWならほぼ確実に満充電で出発することが可能です。EVオーナーが宿泊施設を探すなら間違いなく最有力候補になる充電器であり、宿泊施設にもその旨を申し伝えましたので、ぜひ今後の情報にご期待ください。

また、もし宿泊施設の運営者さまがご覧になっていましたら、ぜひ200Vコンセント、または普通充電設備の導入をご検討ください。EVオーナーが見つけやすいようにWEBサイトやEVsmartのような検索サイトに登録することで、宿泊者の増加にも貢献するでしょう。間違っても、高価な急速充電器は設置しないでくださいね。高価なだけでなく、長時間駐車する宿泊施設においては、充電完了後に車を移動する必要がある急速充電器はとても不便ですので……。

取材・文/八重さくら

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					八重 さくら

八重 さくら

現在は主にTwitterや自身のブログ(エコレボ)でEVや環境に関する情報を発信。事務所の社用車として2018年にテスラ モデルX、2020年に三菱アイ・ミーブを購入し、2台体制でEVを運用中。事務所には太陽光発電とテスラの蓄電池「パワーウォール」を設置し、車と事務所のほぼすべての電力を太陽光で賄うことを目指しています。

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