さまざまなセクターがEV移行への取り組みを紹介
環境問題に取り組む非政府組織(NGO)のClimate Group(クライメート・グループ)は2024年10月31日に東京で、産業界や政府によるモビリティ分野のカーボンニュートラルに向けた課題認識の共有化、活動促進に向けての連携強化を目指して議論をするフォーラム「モビリティ分野のカーボンニュートラルに向けて~電動化を中心に~」を開催しました。
フォーラムでは、トヨタ自動車、日産自動車、東京電力、東京都、経産省、環境省のほか、独自にEV導入に取り組む企業が登壇。それぞれの取り組みを紹介し、電気自動車(EV)の現在地を確認するなど課題を共有。終了後の名刺交換の時間にも熱を帯びた話が続いていました。
クライメート・グループの設立は2003年で、現在は欧州、北米、アジアなど世界各地に拠点を置き、世界中の企業や政府と協力して気候変動対策に取り組んでいます。目指すのは2050年までのネットゼロ達成です。
具体的な活動としてクライメート・グループでは、再生可能電力を100%にすることに取り組む企業が参加し政策立案者や投資家に移行の促進を促す「RE100」を主導しています。また自動車に関しては、120社以上の大手企業が参加し2030年までに100の市場でのEV移行やEV用充電器の導入を進める「EV100」を主催しています。
長時間にわたり盛りだくさんだったフォーラムすべての内容を詳述することはできないのですが、個人的に気になったポイントを紹介したいと思います。
イオンモールへの放電サービスを拡充
フォーラムは1部と2部で構成され、1部では「カーボンニュートラルに向けたモビリティ分野への総合的な取り組みと期待」として、経産省、東京都、東京電力、トヨタ、イオンモールの担当者が、主に政策やインフラ面からEVをどう普及させていくかについてプレゼンテーションしました。
その中でイオンモールの地域サステナビリティ推進室長である渡邊博史さんは、インフラ企業として取り組みを進めていると自己紹介。イオングループでは2040年までにCO2を総量ゼロにする目標を掲げています。
グループの規模が大きいだけにエネルギー消費量も大きく、グループ全体で年間、国内電力消費量の約1%にあたる80億kWhの電力量を消費していて、これを賄うために国内に1400の発電設備を設けて60施設に供給しているそうです。これによりモール1カ所につき30%前後のエネルギーを自給自足していると話しました。
EVに関しては、現在は全国の全店舗に、1100口の充電器を設置しているそうです。それだけでなく、昨年、3店舗で開始した、家庭の余剰電力を利用するためEVから放電してイオンモールで利用するサービスを徐々に増やしていき、今年は7~8店舗で展開する計画だそうです。
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今後のEV普及への課題について渡邊さんは、沖縄と北海道で差があるように地域によって違いがある中で、地域の中で何をすれば変わるのかを「現場で捉えていかなければならないと思っている」と話しました。
EVのメリットを見せていくことで普及が進むか
また東京都環境局気候変動対策部マンション環境性能推進担当課長の安達紀子さんは、集合住宅への充電器の設置を加速するという方針を強調しました。
基礎充電が増えればガソリンスタンドに行かなくてもいいEVのメリットを、多くの人が目にするようになります。それが、非EVユーザーの「視点を変えるきっかけになると思う」という考えを示しました。安達さんによれば、実際に充電器を設置した集合住宅では、EVユーザーが少しずつ増えているそうです。
東京都では、充電器の設置業者と集合住宅の管理組合のマッチングをする相談会を開催しています。安達さんは、相談会で出てくる「電気代でもめるのではないか」などの具体的な質問に、充電器を設置した管理組合の理事長が直接、回答するなどのやりとりで理解が深まっていると言います。
そして、「充電器を設置してよかったと思っている声を(設置を検討している人たちに)届けていきたい」と話しました。
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実際の事例が理解を深めるのに重要というのは、そうかもしれません。EVはもちろんですが、考えてみればスマートフォンだってパソコンだって、自分で使ってみないとメリットがわからなかったのではないかと思うのです。
アストラゼネカの取り組みに興味津々
フォーラムの第2部では、「カーボンニュートラルに向けた運輸・物流・流通分野の電動車導入の取り組み状況と課題の共有」と題して、環境省、日産自動車がそれぞれの取り組みをプレゼンテーションで説明。続いて、リースやファイナンスを手掛ける東京センチュリー、タクシーの配車、精算アプリで知られるGO、製薬会社のアストラゼネカがそれぞれの事例を紹介しました。
この中で異色の存在に見えたのが、アストラゼネカです。突然、製薬会社です。なぜ? って思うのが自然だと思います。
でも話を聞いて、驚きました。アストラゼネカはイギリス拠点の国際的な製薬会社で、日本でも社員2000人を抱える大企業なのですが、日本だけで営業車を約2000台保有しているうち、1353台をすでにEVにしているそうです。
目標は、2025年中に「EV100」、つまり100%をEVにすることです。現状でもEV以外は、すべてハイブリッド車になっているそうです。
そうしてEVを導入してみると、いろいろ大変だったそうですが、「大変でしたって言っても全然終わってなくて、これから大変なんです」と、アストラゼネカ執行役員でCFO(最高財務責任者)の吉越悦史さんは言います。
これからが大変という理由の第一は、寒冷地への導入です。アストラゼネカでは自動車会社と協力して、試験的に寒冷地に6台を導入して走らせたところ、冬は走行可能距離が通常の半分になってしまったそうです。解決策は見つかっていません。
基礎充電、寒冷地、社員の理解のすべてがチャレンジ
次の問題は、基礎充電ができないことです。アストラゼネカは全国を網羅した拠点は置かずに各地で契約の営業マンが活動しているのですが、そのうちの7割が賃貸駐車場に車を置いているため、普通充電器がありません。
そのため駐車場のオーナーに充電器の設置を頼みに行くと、8割くらいは断られるそうです。そこから気候変動の説明をして、必要性を説き……。そうすると半分弱の人が了解してくれるとのこと。重要な活動ですが道は険しそうです。
加えて、地方都市では急速充電器が少ないことが問題だと指摘しました。また急速充電器があっても、走行距離が長いため1日に1時間程度は充電が必要になる営業マンたちがいるとのこと。さらに、厳寒期に暖房を使うと航続距離が減少したり、降雪地で求められる4WDの車種が少ないといった、EV特有の難題や、そうした課題に対処するための理解を拡げていく必要があることを指摘しました。
アストラゼネカの公式サイトには、急速充電中はパソコンで作業したりするということが書かれています。吉越さんによれば、こうした時間の使い方だけでなく、外勤の仕方なども工夫して、営業マンたちに「納得してやってもらうところが大きなチャレンジ」だそうです。
理解を深めるため、日産自動車の協力を得て社員の子ども向けのサマースクールを開催するという取り組みも進めています。
吉越さんは最後に、こう言いました。
「私はこの(EV導入の)活動を始めたときには、EVを調達していけばいいと思っていたが、ぜんぜん違っていた。社会全体のいろいろなところと話をして、いろいろなことを変えていかないと到底目標には転換できない。まだまだこの(気候変動の)問題の深刻さ、緊急性の理解がない。社員もそうだが、そうした理解が向上しないといけない」
そして、アストラゼネカがここまでEVを導入できたのは、「脱炭素を会社としてやる。その中でEV導入を進めてきたのでここまで来られたのかなと思う」と締めくくりました。
第2部では他にもいろいろな話が出ていたのですが、アストラゼネカの吉越さんのプレゼンがすべてを包括して象徴する内容だったという印象でした。企業でのEV導入においてここまで具体的、かつ大規模な事例は寡聞にして聞いたことがありませんでした。この先例は、多くの企業にとって重要な手がかりになると思われます。
ということで、もっと詳しい話も聞きたくなったので、機会を改めて取材に行こうと考えています。
最後にもう一度、吉越さんの言葉をご紹介して、本記事の締めにしたいと思います。
「人がやることなので、なぜやるのかを伝えないと人の心は動かないと思う。最終的にはEV化以外のソリューションがないので、できないのではなくて、“やるしかないのではないか”という雰囲気を、弊社も作らないといけないのかもしれない。“なぜ”を伝える事がとても大事だと思う」
取材・文/木野 龍逸