中国向けにテスラが北米などで展開していたFSDを正式リリース。さらにBYDが最安モデルのシーガルまで一切の値上げをせずに自動運転システムを搭載するなど、EVであることは当然として「自動運転」が戦いの中心になりつつある最新動向を解説します。
ハイレベルな先進運転支援機能を実現
まず直近の中国市場で最も話題となったのがテスラのFSD(Full Self Driving)機能のリリースです。2025年2月24日に突如としてリリースされたこのADAS機能は、すでにアメリカやカナダ、メキシコ、プエルトリコなどでリリース済み。中国でのFSDリリースは、SNSでも大きな話題となりました。
そもそもFSDとは、完全自動運転(レベル5)を実現しているわけではなく、あくまでもドライバーの監視下を前提として、ナビをセッティングすると目的地到着までの運転を高度に支援してくれる機能です。具体的には、駐車場からの入退出、市街地走行における信号の読み取り、右左折、ラウンドアバウトや転回、場合によっては停車中の車両を追い抜いたり、障害物の回避など、ほとんど全ての運転操作をサポートします。つまり、日本国内でも多くの車両に搭載されている前車追従(ACC=アダプティブ・クルーズ・コントロール)やレーンキープに、さらに高度な運転操作を行ってくれるレベル2の運転支援機能という位置付けとなります。中国国内ではこのようなハイエンドADAS機能を区別するためにレベル2+と呼称するメーカーも存在しています。

テスラ公式Weiboの動画からキャプチャー。
テスラのFSDは中国でどのように進化していくか
中国では国内で収集したデータを国外に持ち出すことができないため、テスラは中国国内でデータを収集、分析する体制を整える必要がありました。そのため、アメリカ本国でのFSD機能のリリースからかなり遅れる状況となりました。とはいうものの、今やテスラにとっての中国市場はアメリカ本国と同等規模の販売台数です。なおかつ自動運転開発という観点からも中国は重要な場所。狭い道が多く、自転車やバイクなどが入り乱れる混沌とした交通状況ということもあり、現実世界の良質なデータ収集という意味でも、中国市場にFSDをリリースすることはテスラにとって重要なマイルストーンと言えるのです。
中国におけるFSDの展開で最も大きなボトルネックになるのではないかと言われているのが、そのコンピューティング能力の制限です。というのもテスラは本社があるテキサス工場にNVIDIA製のGPUを大量に繋いだスーパーコンピューター「Cortex」を構築して情報処理能力を増強し、FSDの進化とAI戦略を進めています。完全自動運転を実現するには、世界中の車両から収集したビデオデータを保存して処理し、そのデータに基づいてモデルをトレーニングするために、膨大なシミュレーションを実行する必要があるためです。
ところが、中国でのFSDはアメリカの「Dojo」や「Cortex」を使用してトレーニングすることができないのです。さらにアメリカ側もNVIDIA製のチップの中国への輸出を禁止しているため、テスラが中国国内に大規模なコンピューティング能力を有するスパコンを構築することも難しい状況です。
そこでイーロンマスクは中国のFSDリリースに際して、ネット上で公開されているビデオデータを基に、国内の道路状況や標識情報をシミュレーション上でトレーニングしたと説明しています。つまりアメリカ国内で最適化されたモデルを中国でリリースする前に、現地の法規に合わせた最適化を行う必要があり、その最適化に必要なコンピューティング能力も限られることから、FSDの改善のために余計なコストがかかるだけでなく、その改善能力にも制限が出る可能性が懸念されていたわけです。
中国のネット大手、百度(バイドゥ)との連携などが報じられていますが、はたしてテスラが中国国内におけるFSDをどのように最適化することができるのか。自動運転開発競争とともに米中摩擦という政情の不安定さも懸念されるなか、テスラがどのように対応していくのかが今後の注目ポイントでしょう。

テスラは当初は誤認を避けるためか「FSD」という単語を使用していなかったものの、のちに公開された公式ビデオ内では「FSDインテリジェントアシスト運転」という名称を使用。(テスラ公式Weiboの動画から引用)
BYDは全車種に「God’s Eye=神の眼」を標準装備

Oceanシリーズからは11モデルが一気にモデルチェンジ。全モデルに対してGod’s Eyeを搭載。最安モデルのシーガルとSeal 05 DM-iのみ中間グレード以上に標準設定。
さらにBYDもGod’s Eye(天神之眼=神の眼)と名付けられた独自のADASシステムを、発売する全てのモデルに搭載し、その2025年モデルの発売をスタートしました。特にGod’s Eyeについて特筆するべきは、シーガルとQin Plus、Seal 05 DM-iというエントリーモデルの一部車両を除いて、全モデル標準装備としてきた点でしょう。日本国内で大衆車を購入する場合、そのほとんどにおいてレベル2 ADASはオプション設定、もしくは上級グレードに設定されていることが多いといえます。
BYDは、もともと上級グレードでのADAS機能を全車種に展開してきたことから、2024年モデルと比較すると実質的な値下げが行われたといえます。BYDは2024年2月中以降、2024年モデルとなるHonor Editionとして大多数のモデルの値下げを実施していたものの、2025年モデルではADAS機能を標準設定するという形でさらなる値下げを実施してきたのです。
God’s Eyeシステムはいわゆる「レベル2+」と呼ばれており、テスラFSDのように市街地における自動運転支援にも対応可能です。そもそも現在日本国内で発売されているATTO 3、ドルフィン、シールに搭載されているのはDiPilotと名付けられたレベル2、つまり高速道路上に限定したアダプティブクルーズコントロールとレーンキープです。
God’s Eyeは大きく3種類に分類されています。
●God’s Eye C(DiPilot 100)
3眼カメラを含む12のカメラ、5つのレーダー、12の超音波センサーを含めた、合計29のADAS用センサーとともに、NVIDIA Drive Orin-N(プロセスノード6nm、演算能力84TOPS)、もしくはHorizon RoboticsのJourney 6 M (128TOPS)というADAS用プロセッサーで構成。高速道路上における追い越しや分岐、カラーコーンなどの障害物への回避挙動に対応。これは一般的にHighway Navigation On Autopilot(ハイウェイNOA)と呼ばれます。またGod’s Eye CではハイウェイNOAに加えて、ADAS用カメラを用いたセントリーモード、バレーパーキング機能など高度駐車機能も実装されます。
●God’s Eye B(DiPilot 300)
God’s Eye CのADAS用29センサーに加えて、最大2つのLiDARとNVIDIA Drive Orin-X(254TOPS)を搭載。中国の自動運転スタートアップであるMomentaと共同開発することによって、ハイウェイNOAとともに市街地における信号対応や右左折、ラウンドアバウトや転回、障害物に対する緊急回避挙動などという、City Navigation On Autopilot(シティNOA)に対応。主にDenzaブランドと、BYDブランドのシール、シーライオン07、Han、Tangという上級モデルに採用されます。
●God’s Eye A(DiPilot 600)
3つのLiDARと2つのNVIDIA Drive Orin-X(508TOPS)を搭載。ハイエンドブランドのYangwangで採用されています。またBYDは最大演算能力2000TOPSに到達するNVIDIA Thorの採用を予告しており、Yangwangブランドの新型モデルに搭載される見通しです。
BYDはGod’s Eyeシステムを開発するADASエンジニアを5000人以上抱えており、ハードとソフトのフルスタックで独自内製の自動運転システムを開発する体制を整えています。2025年末までには150万km/日の走行データ処理能力に到達する見込みです。
現地メディアの報道によれば、God’s Eye Cのハードウェア(29センサーシステムとADAS用チップ)は5000元未満(日本円で約11万円)であるとされており、すでに強烈なコスト競争力を実現しています。実質的な値下げによって、競合関係の日本メーカー勢がさらに厳しい販売状況に追い込まれることが想定されます。
XpengやファーウェイなどのADASも秀逸
また、中国国内ではテスラやBYDだけではなく、さまざまな自動車メーカーがシティNOAを含めたハイエンドなADAS機能を展開して競争が激化しています。ここで中国の蘇州証券が実施した、ハイエンドADASにおいて有力視されている7つの自動車メーカーのシティNOAの性能レポートを紹介しましょう。
蘇州証券はファーウェイ、Xpeng、Li Auto、BYD、Great Wall、Zeekr、シャオミのEVを使用して、深圳市街の同ルートでシティNOAを使用して走行。その際にテイクオーバー(危険と判断してドライバーがシステムを中断)や、Uターン、停車車両の回避挙動や合流時におけるスムーズさを10点満点で総合評価。さらに、信号のない複雑な交差点や狭い道路といったより複雑なシチュエーションを想定した走行ルートでもテストを実施して、その際のテイクオーバー数とスムーズさを評価しました(テストはテスラのFSDがリリースされる直前に実施されたためテスラ車は未参加)。
Xpeng | Huawei | Li Auto | BYD | Great Wall | Zeekr | Xiaomi | |
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モデル名 | P7+ | Avatr 12 | L6 | Denza Z9GT | Blue Mountain | Zeekr 007 | SU7 |
ADASチップ | Orin-X ×2 | MDC810 | Orin-X ×2 | Orin-X | Orin-X | Orin-X ×2 | Orin-X ×2 |
演算能力 | 508TOPS | 400TOPS | 508TOPS | 254TOPS | 254TOPS | 508TOPS | 508TOPS |
LiDAR | 無 | 3 | 1 | 2 | 1 | 1 | 1 |
ソフトウェア 開発 | 内製 | 内製 | 内製 | Momenta | Yuan Rong Qi Xing | 内製 | 内製 |
ソフトウェア バージョン | XOS5.5.0 | ADA3.2 | 7 | BAS3.0+ | Coffee OS3.1 | 6.3 | Hyper OS1.4.5 |
テイクオーバー数 | 1.89回 | 2.77回 | 3.75回 | 5.64回 | 5.86回 | 7.13回 | 7.87回 |
複雑シナリオ テイクオーバー数 | 11回 | 2回 | 14回 | 12回 | 14回 | 16回 | 16回 |
総合スコア | 8.39/10 | 7.57/10 | 6.30/10 | 5.50/10 | 4.79/10 | 3.57/10 | 3.23/10 |
このテストで最高レベルの結果を出したのがXpeng(総合スコア8.39)とファーウェイ(7.57)です。まずXpengはその他の6車種とは異なりLiDARを搭載しないビジョン方式を採用。しかもEnd to End(E2E)のAIビジョン方式に切り替えてからまだ間もないにも関わらず、すでに中国勢の中で最高レベルの完成度を誇っており、Xpengの技術力の高さが見て取れます。

XPENG P7
Xpengは現在Nvidia Drive Orin-Xプロセッサーを採用しているものの、2025年中に発売される新型EREVに対して、自社開発のADASチップ「Turing AI Chip」を搭載する予定です。ADASに関わるハードもソフトも内製することで開発能力と速度をさらに向上させようとしてきています。
さらにXpengと肩を並べるのがファーウェイです。総合スコアではXpengにわずかに劣るものの、複雑なシナリオ下におけるテイクオーバー数はたったの2回と競合を圧倒。とくに車線数の多い複雑な交差点の通過や右左折、急カーブなどでも安定した挙動を実現しています。ファーウェイはすでにADAS用プロセッサーやLiDARなども含めたハードウェアとソフトウェアの両方を内製しており、その完成度の高さから、競合の自動車メーカーも続々とファーウェイ製のADASソリューションを採用。例えばBYDもオフロードSUVブランドであるFang Cheng Baoブランドの大型SUV「Bao 8」に対してファーウェイADSを初搭載。ミッドサイズSUVのBao 5にも搭載を広げています。

Fang Cheng Bao「Bao 8」
また、ちょうど1年前に自動車販売を開始したシャオミは、すでにシティNOAをリリースしているものの、まだADASの完成度は高くないようです。ただし、すでにシャオミはE2E方式のADASソリューションに移行した最新ADASシステム「Hyper AD」をリリースしており、完成度が高まっていくことが期待できるでしょう。
トヨタや日産も意欲的な取り組み
さらに、今回はテストされていないものの、日本勢のトヨタと日産も、新型モデルのbZ3XとN7においてそれぞれMomentaのADASテクノロジーを採用しています。特にbZ3XではLiDARを搭載してシティNOAに対応するグレードでも14.98万元(約300万円)であり強烈なコスト競争力が話題となっています。

トヨタbZ3X
このテストではBYD(Denza Z9GT)がbZ3X と同じMomentaのADASソリューションを採用しておりおおむね同様のテスト結果になるものと推測できます。よってXpengやファーウェイほどの完成度には達していないものの、先頭集団に近い完成度を誇る最新ハイエンドADASを日本勢の新型EVにも採用されている様子が見て取れます。
ちなみにテスラFSDの完成度について、すでに主要な自動車メディアがXpengやファーウェイなどのハイエンドADAS搭載車両と同じ時間帯に同じルートを走らせて比較検証を進めています。結果としてテイクオーバー数をはじめとする指標で競合の後塵を拝しているのが現状です。とくにテスラFSDで問題視されているのは中国国内特有のバス専用レーンや直進専用レーンなどに対応できていないという点です。今後のアップデートによってどれほど改善していくのか注目です。
いずれにしても、このようなテスト結果を複数参照すると、現時点における中国勢のハイエンドADAS競争は熾烈さを増していることがわかります。その重要性が高まっているからこそ、高級車ブランドだけではなくBYDのような大衆ブランドでも採用が加速しているのです。そしてBYDに対抗する形で、ジーリーや日本メーカー勢のような大衆ブランドもハイエンドADAS採用の動きに追随しています。
すでに一部ユーザーに対する意識調査でも、プレミアムセグメント以上のEVではEV性能や装備内容の充実とともに、このハイエンドADASがどれほどの完成度を実現しているのかという項目の重要度が上がっており、2025年以降の中国市場は、EVとしての魅力や完成度に加えて、自動運転戦争へと戦いのフェーズが変わるきっかけの年となるのかもしれません。とにかく開発速度が速いので、中国の自動運転開発の最新動向は今後も注意深くチェックしていきたいと思います。
文/高橋 優(EVネイティブ※YouTubeチャンネル)
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