2060年ネットゼロを表明した習近平氏の政治的な背景と思惑
9月22日、国連総会一般討論のビデオ演説にて、中国の習近平国家主席が2030年までにCO2排出量を減少に転じさせ、2060年には正味の排出量をゼロにする「カーボンニュートラル」(ネットゼロ)の実現に向け動きだすことを表明しました。このニュースは、世界各国に大変な驚きをもって迎えられたようです。はたして習近平氏の狙いは何なのでしょうか。そして本当に中国がネットゼロを実現できるのでしょうか。少し考察してみたいと思います。
温室効果ガスが世界の気候変動や環境に対して多大な影響を与えることから、2015年のCOP21で採択されたパリ協定では気温上昇を工業化前のレベルに比べて1.5℃未満、あるいは2℃に抑えるという長期目標を掲げてきました。実際に1.5℃未満の目標を達成するには、少なくとも2050年頃までにネットゼロを実現する必要があるとされています。そこで、EUをはじめとする世界120ヵ国以上が「2050ネットゼロ」を宣言しています。
一方、世界的な脱炭素化の潮流に逆らってパリ協定を離脱している米国ですが、2035年からカリフォルニア州では「ガソリン駆動の自動車とトラックの新車販売を禁止し、ゼロエミッション車にするという大方針を打ち出す」という報道もありました(ただし米国政府は本声明に対して反発しています)。
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そのような中で、温室効果ガスの最大排出国である中国がネットゼロを謳ったことは、非常にインパクトのある出来事でした。以下は、中国の電力由来のCO2排出量の推移を示した図です。石炭火力発電由来のCO2排出量は年を追うごとに増加傾向にあります。たとえ2050年から10年遅れでもあったとしても、パリ協定の1.5℃目標の実現をつなぎとめるためには重要な一歩になるでしょう。
とはいえ、この中国の声明を掛け値なしで喜べるかというと、実はそうでもなさそうです。
ひとつには、やはり政治的な問題が背景にあります。ここ数年、米中対立が激化しており、特に中国は香港民主化への対応や、武漢が発生源とされる新型コロナウイルスのパンデミックなどの問題で世界から批判もされています。そんな状況において、中国が国連でネットゼロ目標を掲げることで、国際協調路線に戻していたいという思惑があることも見て取れます。
【ノーカット】国連総会 習近平 国家主席演説(同時通訳付き)(YouTube/テレ東NEWS)
※習近平主席の演説(約15分間)は22分頃から始まります。
アクセルを吹かしつつブレーキを踏む? 石炭火力発電の計画も着々と
また、こういった政治的な思惑とは別に、2060年までに中国がネットゼロを本当に実現できるのかということも疑問です。現時点でいえば、新型コロナウイルスの影響によって、中国のCO2排出量は一時的に25%ほど減少に転じたものの、再び工業生産が動き出してからは、CO2の排出量は元に戻っています。さらにコロナ禍からの復興策として、石炭火力発電所の建設計画が進んでいることも見逃せない点です。
すでに2020年第一四半期には約48.5GWの石炭火力発電所プロジェクトが始まっています。これは昨年の火力発電所建設計画の1.6倍の設備容量になり、明らかに政策的にみても今回の表明と矛盾するものです。一方で、中国は再生可能エネルギー開発や、原子力発電にも力を入れています。アクセルを踏みながら、ブレーキを踏んでいるのが、いまの中国の現状なのでしょう。
また中国の指導部が掲げる産業政策である「中国製造2025」にみられるように、人工知能や5G活用など先進的な技術を取り入れつつ、電気自動車(EV)や周辺整備としての充電ステーションなどのインフラにも投資しています。すでに本ブログでも何度か解説されている新エネルギー車(NEV)やCAFCといったデュアル規制であったり、EV導入の補助金を2023年まで引き延ばす施策なども打ちながら、ガソリン車からNEVへの転換を図ろうとしています。
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NEV規制では、2019年から新エネルギー車の生産義務を10%からスタートさせ、年ごとに2%ずつ上乗せしていく方針を打ち出しています。中国政府は2025年までにNEVを累計500万台、2030年までには累計8000万台にする計画でしたが、今回の習近平主席の表明でNEVが加速する可能性はあります。もし2060年まで、同じペースで政策が続けられるとすると、そのころには約90%がNEVになる計算になり、ガソリン車全廃ということであれば、数字上では実現できるかもしれません(あくまで数字上の話です)。
また技術的な側面では、車両自体の軽量化と電池エネルギー密度の改善を図ることで、CO2の排出量を削減できる可能性はあります。ガソリン車の場合は車両重量が10%減れば、燃費が6%ほど改善すると言われており、EVでも同様に車両軽量化によって電費効果が期待できます。
そこで軽量化材料を多用する必要があるため、鉄以外の新たな軽量素材への切り替えが求められます。この点については、現在も自動車メーカーでしのぎが削られているところです。たとえば、BWMはCFRP(炭素繊維強化プラスチック)をボディの主要フレームに大量採用していますし、米国ではフォードやテスラがアルミを導入しています。
EVではバッテリー容量を増やせば航続距離も伸びますが、同時に重量も増えるのでCO2排出量とトレードオフの関係になります。今後はバッテリーの大幅なエネルギー高密度化やモータ・パワコンの効率改善なども、クリアすべき技術的なハードルになります。
真の意味でCO2排出量を考慮するなら、EVのライフサイクルまで検討
とはいえ、いくらEV車に変えても、やはりCO2削減は厳しいのが現実です。というのも現状では、EVであれ、ガソリン車であれ、直接・間接的にCO2を排出していることに変わりがないからです。EVが普及すれば、地球温暖化の問題が解決できると、たびたびマスコミなどで喧伝されていますが、実際にはEVの電源供給元が火力発電由来であれば、いつまで経ってもCO2量は減ることはないのが実情です。
そこで、本当の意味で「EVのCO2排出量」を求めるには、下記のように「発電所の電源平均のCO2排出量」を求めて算出するが一般的になっています。
「EVのCO2排出量」=「電源平均のCO2排出量」×「EVが1kmを走行する際に消費される電力量」
ここで電源平均のCO2排出量は、発電所の電源構成がどんなものかによっても変わります。つまり原子力や水力、その他の再生可能エネルギーの比率が高くなれば、電源平均のCO2排出量が抑えられ、結果的にEVのCO2排出量も少なくなるわけです。
さらにいうと、EVのCO2排出量の計算は、「EVのライフサイクルにおけるCO2排出量」という考え方を使うと、より正確になります。資源採掘(資源採掘・素材製造)、製造(部品製造・車両製造)、使用(電池製造・走行交換部品製造)、廃車(焼却・埋設)まで、すべてのライフサイクルのアセスメントからCO2排出量を計算する方法です。
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第14次五ヵ年計画(2021年~2026年)の内容を今後も注視していきたい
さて、燃料となる電力製造から自動車走行(廃棄は含まれず)までのCO2排出量を、経済産業省で試算したところ、中国では1台のEVを1km走らせるとCO2排出量は82gになるという数字をはじき出しています。2015年の段階では、電力供給元のなかでCO2排出量が多い石炭火力発電への依存度は約70%になっています。
ただ中国では下図で示すとおり、今回の習近平氏による表明の前から、2030年には電源ゼロエミ比率42%(石炭火力発電への依存度を約51%)とし、CO2排出量を62g、にするという前提で進めていました。そして2040年には電源ゼロエミ比率49%(石炭火力発電への依存度を約43%)とする予定でした。そこで問題になるのが、やはり石炭火力発電への依存度をどこまで減らせるかということになるでしょう。
2016年の段階での主要国の電源構成をみると、フランスは80%が原子力発電で、中国は3%程度。CO2を排出しない原子力発電の割合が80%となっているフランスでは、正味のCO2排出量は5g-CO2/km 程度にすぎません。日本の場合は東日本大震災以降が原子力発電はほぼ停止状態で、その分をLNGでカバーしている状態でしたが、最近では約75%(2019年)を火力発電に依存している状況です。
このようにCO2削減という環境問題の観点からは、EV化推進とともに電力供給元まで考えていく必要があるわけです。これは中国のみならず、日本も含めて世界各国も同様で、政府の電源構成に関する方針が重要になってくると思われます。中国でも再生可能エネルギー発電は急ピッチで推進されていますが、まだ石炭火力を代替できるほどではありません。つまりCO2を本気で減らそうとするのであれば、やはり再生可能エネルギー+安定的な電力供給が可能な原子力発電などにシフトしなければ、環境負荷面でのEV効果はあまり期待できないとみることもできます(ちなみに筆者は原子力推進論者ではありませんが……)。
そう考えると今回の中国の表明の裏には、いずれは原子力推進のほうに大きく舵を切ろうとする習近平氏の思惑も見え隠れするのでは? と筆者は邪推しています。いずれにしても中国では来年からの第14次五ヵ年計画(2021年~2026年)に関する準備が進んでいます。その際に2030年のピークアウトを見据えた具体的なCO2排出削減政策が出てくるかどうか、これが習近平氏が表明した40年後のネットゼロ実現への試金石になることは間違いないでしょう。次の五ヵ年計画の内容がどうなるのか、引き続き注視していきたいと思います。
(文/井上 猛雄)