日本電産の戦略から読み解く電気自動車本格普及へのシナリオ

モーター製造の大手、日本電産が、電気自動車用モーターへのリソース投入をより一層加速させていきます。2025年を電気自動車普及への分水嶺とみなし、2025年に250万、2030年に1000万台分のモーター駆動ユニット販売を目指します。

日本電産の戦略から読み解く電気自動車本格普及へのシナリオ

※冒頭写真は日本電産公式サイトより引用。

今後5年でEV用駆動ユニットの販売数を20倍以上に

HDD用モーターで世界市場の80%以上を握るなど、モーター業界では圧倒的な市場シェアを持つ日本電産は、2021年4月22日にオンラインで行った決算発表会見の中で、今後の事業計画について、電気自動車(EV)用駆動モーターに今まで以上のリソースを投入していく方針を明確にしました。その後、5月10日に日経新聞は、日本電産が中国・大連の工場を拡大しEV用駆動モーターを増産する計画であることを報じました。

日本電産は2020年までの中期戦略を示した『Vision2020』の中で、車載用モーターに関してはEVシフトが本格化し「千客万来」であり受注は右肩上がりで増えていくという見方を示していました。今後は、この方針をさらに追求していきます。また、新しい中期戦略『Vision2025』を近い時期に公表する予定です。

日本電産は決算発表時のオンライン記者会見で、今後5年間で1500億円以上をEV用駆動モーターの開発に投じる計画を明らかにしました。また、2024年頃にはEVのパワートレインのコストが内燃機関(ICE)のコストを下回るようになるほか、バッテリーは現在の1Whあたり約14円が約10円程度に下がると予測。2025年がEV普及の「分水嶺」になり、世界市場は1000万台程度になるという見通しを示しました。

【参考資料】
日本電産決算説明会

こうした市場予測に対応するため、日本電産は2025年に250万台分の電動駆動ユニット『E-Axel』を販売することを目指します。『E-Axel』はモーターとECUなどを一体化した駆動システムで、現在は出力が100kWと150kWの2つのタイプがあります。今後は2021年中に70kWタイプ、2022年に50kWタイプ、2023年に200kWタイプの製造販売を予定しています。

供給先は今のところ中国市場のみで、日本電産の決算説明資料によれば広汽新能源汽車有限公司(GAC New Energy Automobile Co., Ltd.)の『Aion S/LX/V/Y』などに採用され、これまでに約13万台が販売されているそうです。

決算説明会資料より引用。(以下同)

この数を5年間で250万台に伸ばすというのは非常に野心的です。しかも関潤社長は記者会見で、この数字が控えめなものであるという認識も述べています。

日本電産はその後についても、2030年には4倍の1000万台を販売し、市場の約40~45%をとるという中長期的な目標を明らかにしました。この数字から逆算すると、2030年のEV市場の規模は世界で2500万台になると見ていることになります。

現在の各国の規制がそのまま進めば、2030年にはICEの新車を出すことはかなり困難になるので、確かにEV市場は急拡大している可能性があります。この将来予測を絵空事と見るのか、それとも現実として考えるのかで、取り組みの方向性に大きな違いが出ます。

日本の自動車メーカーもようやく動き始めた部分がありますが、日本電産の数値目標はその中でもアタマひとつ抜けているように見えます。

標準化の先にあるプラットフォーム化も見据えて対応

関社長は、決算発表時の記者会見でEV市場の今後について、次のように話しました。

「今はバッテリーが高いので(自動車メーカー各社は)付加価値付けて売ろうとしている。例えば1.6Lくらいのエンジンが載っているところ(セグメント)に3Lくらいのトルクを持たせたモーターを搭載したがっている。その代わりに、『ちょっと価格が高くても許してね』と言う戦略だと思うが、2025年でそういうのがなくなると思う

関社長は、こうした動きと同時にユニットやパーツの標準化が進み、「我々が作るモーターに対して顧客が(仕様などを)合わせてくるのではないか」と見ています。ただ、現状は「個別の顧客の要求を聞いて(仕様を)合わせている」状況なので経営的にはラクではないようです。この状態が2025年まで続くので「耐えて追従して、標準化への準備をしながら、土台ができたら一気に進めるという戦略」だと話しました。

関社長はまた、将来、日本電産でプラットフォーム(車台)を手がける可能性について質問が出たことに対しては、次のように答えています。

「プラットフォーム化はマストではない。従ってゴールではない。我々はモーター専業メーカーなので、どのように付加価値を付けるとお客に喜んでもらえるか、地球環境に貢献できるかを考えている。(中略)その中で、どういう形が自動車を作る人たちにいちばんダイレクトに貢献できるかを模索している。プラットフォームの形のほうが受け入れられるのならやっていくが、明解な解は(今はまだ)ない。ただ将来性はありそうだ」

部品メーカーは、標準化やモジュール化によって利益率を押し上げることができる可能性があります。これにより価格が下がるので、顧客にとってもメリットがあります。それがさらに進めば、将来的にプラットフォームという形の究極のモジュール化もありえるという意味だと考えられます。

決算発表の後、5月10日に日経新聞は、関社長がプラットフォームの販売価格が60万~70万円になると予想しているコメントを伝えています。しかしプラットフォームについては、決算発表時の説明のように、将来的な構想であり、今はまだ具体的に検討しているところまではいっていないようです。とはいえ、消極的に事態を見守るのではなく、積極的にプラットフォーム化に備えた対応を進める意味合いが強いようです。

小型EVにも大きな期待

ところで前述した日本電産の販売目標は、いわゆる普通の自動車だけの数字です。関社長は記者会見で、上汽通用五菱汽車(SAIC-GM-Wuling Automobile=SGMW)の『宏光MINI EV(HongGuang Mini EV)』を引き合いに出して、次のような見通しを述べました。

「『宏光MINI EV』の売れ方を見ると、従来は車が買えなかった人が買っているので新車の需要が明確に変わる。ざくっと、1億から2億(台)くらい、今の新車の需要にアドオンになる。そこをもれなくとっていけるようにするのが、大きな鍵になる」

さらに関社長は佐川急便が発表した中国製の小型EVに関して、日本でのラストワンマイルを担うEVが中国から入ってくると、「日本の目が覚めるのではないかと期待している」と話しました。

【関連記事】
45万円で9.3kWh~中国の電気自動車『宏光MINI EV』が発売早々大ヒット中(2020年9月2日)
佐川急便が開発中の軽EV宅配車をお披露目~計画通り実現すれば日本は変わる!(2021年4月14日)

これらの関社長の発言を受けて永守重信会長は、「(従来から)EVは小型車から普及すると言ってきた。日本で言えば軽自動車。そこから爆発的に増えていくと思ってやっている」と続けました。永守会長は、一代で日本電産を世界的なモーターメーカーにした創業者です。

関社長や永守会長が示した小型EVは、4輪だけでなく2輪も含みます。日本電産は、HDD用の精密モーターから、前述したようにEV用の高出力モーターまで幅広いラインアップを揃えているのが特徴です。その気になれば二輪用に適した5kW程度のモーターや、『宏光MINI EV』のような20kWのモーターを作るのは難しいことではないわけです。

加えて、精密モーターなどを扱っている関係で、自動車メーカーではなく家電やコンピューター、精密機器など、さまざまな業界と関係があることも強みのようです。

関社長は「ひとつ、自慢できることがある」と前置きし、「異業種の人はみな(開発から生産までの)スピードが早い。今、(仕事を)受けて来年立ち上がるということもある。自動車専業の会社ではついていけないが、我々は追従性に問題はない」と強気の姿勢を見せています。やる気になればいつでもいけるぞ、ということなのでしょう。

EVの低価格化が進んでも勝てる自信あり

ところで永守会長は「必ずEVは価格競争になると思っている」という見方を示しています。日本企業はここ20~30年ほど、価格競争で低価格化が進むと、事業そのものを手放したりしてきました。その結果、半導体産業のように相対的な技術力も落ち、気がつけば日本の出る幕がなくなるという失敗も散見されます。太陽光発電も同じようなものでした。

でも永守会長は、価格競争になった後でも、「我々が出したものと今出ているものは性能が違う。我々のほうが優れている。最後は性能と価格競争になる。その勝者になるというのが我々の考え方だ」と明言しています。必ずしも先陣を切る必要はなく、まくり上げて先頭に立つという戦略です。永守会長の言葉からは、それを可能にする技術力についての自信が揺るぎないことを感じました。

また、関係者によれば、日本電産はこれまでも低価格化が進む中で事業を手放すのではなく、市場で主導権を握ることで利益や技術を確保し成長を維持してきたそうです。価格競争の激化の中で、手を引くのではなく、より一層関与を深めるという逆張りの発想のようです。

EVは以前から、いずれはICEよりも低価格化、低コスト化が進む余地が大きいといわれています。ICEに比べて異業種参入の敷居が低いということは、価格破壊の可能性が高いという意味でもあります。自動車メーカーが、二の足を踏んでいたのは、それもひとつの理由でした。

さらに言えば、小型EV市場が大きくなれば価格競争が激化するのは確実です。『宏光MINI EV』が45万円からというのは、価格競争スタートの号砲でしょう。中国がメイン市場なので、低価格化の速度もかなり早いことが予想されます。

それでも日本電産は、価格競争どんとこいな感じです。これは、日本電産が日本国内に生産拠点を持っていないことも大きいのでしょう。日本にあるのは研究開発部門だけなので、コストの変動に対応する余力は大きくなります。

この点に関しては、これから間違いなく拡大するファブレスの動きや、それとともに雇用安定の原動力となってきた製造業のパイの縮小が日本経済に与える影響がどうなのかという問題とも絡むのでしょうが、それはまた別の話ですね。とにもかくにも、日本電産が明確にEVを中長期戦略に組み込んでいるのは、EV産業全体の動向にも影響を与える要因になるかもしれません。

中国拠点の拡大やステランティスとの今後

決算発表時の記者会見ではEVに関する発表も多く、質問もそこが中心でした。おそらくはこうした方針の明確化を受ける形なのだと思いますが、日経新聞は5月10日の記事で日本電産の中国工場の拡大についても伝えています。

記事では、日本電産はすでにある中国・大連市の工場を拡充するほか、周辺にEV関連の部品を生産する工場を集積させる『サプライヤータウン』構想を持っているとしています。

この点について日本電産の広報担当者に確認をしたところ、いくつか追加情報がありました。まず大前提の『サプライヤータウン』という名称ですが、正式な名前ではないそうです。ただ、そうした構想があるのは間違いなく、主な狙いは「同時性エンジニアリング」を進めることだそうです。しかし将来の具体的な計画は「未定」だとのことです。

同時性エンジニアリングというのは、設計段階から顧客が入ることで生産ラインや製品を最適化する方法です。通常は、製品の設計をしてから生産ラインに取りかかることが多いのですが、同時性エンジニアリングでは、川上の製品設計と、川下の生産ラインの設計を同時に進めていきます。これにより効率化が進み、コストダウンにもなるという考え方です。

生産拠点を集約すれば物流が省略できるのでコストダウンになりますが、同時性エンジニアリングまで進めば相乗効果で1+1が3にも4にもなりそうです。具体的な動きはこれからということなのですが、いちど、大連の工場も見てみたいなあと思いました。

この他、この際だから日本電産関係のことをまとめて確認しておこうと思い、2021年3月25日に日経が報じた鴻海精密工業に1200社が協力を表明という記事について、共同開発する予定の駆動モーターはどんなものを想定しているのかや、生産時期の目処も聞いてみましたが、「開示しておりません」という回答でした。

ほかにも、2017年に日本電産がPSAとEV向けのトラクションモーターを手がける合弁会社を設立しているので、PSAがステランティスになったことでもあり、例えば合弁会社では『E-Axle』を作ったりするのかとか、現状の動きについて聞いてみたのですが、これも「開示しておりません」でした。もう少し、状況を見守るしかないようです。

なにはともあれ、日本電産は事業の中核にEV用駆動モーターを位置付けました。日本電産としても、HDD用モーターの市場は縮小する傾向なので、事業の多様化が必要ということでしょう。EV用モーターはサイズもさまざまですが、もともと日本電産で生産しているサイズのものも多く、市場の要求があれば我々の想像よりも早く経営に反映していくのかもしれません。

ということで、日本電産の今後は要注目です。まずは、近々発表されるであろう、新しい中期経営戦略『Vision2025』を待ちたいと思います。

(文/木野 龍逸)

この記事のコメント(新着順)5件

  1. これはなかなかの目の付け所。電気自動車というと皆さん電池の話題ばかりに目が行ってますが、電気モーターや電力変換インバーターのことをもっと語ってもいいのです。
    鉄道マニアにだって制御機器の発生音で機器メーカーを当てる人が少なからずいますんで…自動車メーカーがインバーターを大量発注すれば鉄道に同じくいろんなインバータ音が聞けて面白くなりませんかねぇ!?
    電車のインバータは東芝・日立・三菱など重電機器製造会社のオンパレード。製造実績も豊富で壊れにくいが大型で重たいのが欠点、ただ東芝は自社でSCiBを生産しハイブリッド電車も試作してるから可能性はありそうですよ。
    電気主任技術者としても電気自動車の電力テクノロジーは今後注目していきますよ。ではでは

  2. 「ハイブリット技術で出遅れた欧州勢の日本イジメがあったとしても」です。

    1. それを言われると不祥事などで形勢不利になった日本の自動車メーカー(日産・三菱)も電動化で生き残りをかけてるやないですか…両社は日本イジメへの対抗手段も兼ね両社とも欧州勢と手を組んでるから。
      当然標的は大きくなり過ぎたトヨタ!無論トヨタと組んだ弱小自動車メーカーも影響を食うわけで。ただスバルは一度電動化を模索してたから形勢が変われば変わるかもですが…ただ軽EV試作段階で三菱i-MiEVの前に惨敗撤退したのは運が悪かったというか(爆)
      ホンダはエネポ発電機/エネファーム/EV普通充電器なども手掛ける総合エネルギー企業でもありある程度は納得できます。ホンダeやクラリティPHEVはまだデモの範疇を超えてませんがN-BOX EVが出れば破竹の攻勢をかけられるでしょうな、それこそ三菱i-MiEVの売り方を研究しており技術的にもフィットEV試作経験がありますんで。

  3. どこぞの自動車メーカーのシヤッチヨサンが文句未だにたらたらですが
    こうやってビジネスチャンスと捉えて躍進しようとしている会社があります。
    ハイブリッド技術で出遅れたのが理由とはいっても
    だからといってひとり駄々をこねていてよい訳ではありません。
    全固体電池にご執心だったはずがリチウムイオン電池の増産を決めるなど
    やることはやっているのだから
    いつまでも見苦しいまねをするのはお辞めになればよいのに。
    と、つい思ってしまいました。

    1. その人の立場によって変わるのは当たり前でしょう
      トヨタのことを言ってるのなら雇用維持の観点からも安易なEVシフトはだめと言いたいのもわかりますけどね

      日本電産は部品メーカーですしEVシフトは勝機と見て前からガンガン投資してるので。同じくトヨタ系のデンソーもEV化で得意の電気関連部品、自動運転等の売上が上がると予想してますし(こっちはトヨタ系なので大っぴらに喜んではないけど)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です


この記事の著者


					木野 龍逸

木野 龍逸

編集プロダクション、オーストラリアの邦人向けフリーペーパー編集部などを経て独立。1990年代半ばから自動車に関する環境、エネルギー問題を中心に取材し、カーグラフィックや日経トレンディ他に寄稿。技術的、文化的、経済的、環境的側面から自動車社会を俯瞰してきた。福島の原発事故発生以後は、事故収束作業や避難者の状況のほか、社会問題全般を取材。Yahoo!ニュースやスローニュースなどに記事を寄稿中。原発事故については廃棄物問題、自治体や避難者、福島第一原発の現状などについてニコニコチャンネルなどでメルマガを配信。著作に、プリウスの開発経緯をルポした「ハイブリッド」(文春新書)の他、「検証 福島原発事故・記者会見3~欺瞞の連鎖」(岩波書店)など。

執筆した記事