中国の「両会」〜 自動車価格の「大恐慌」と自動車(NEV)販売安定化の方向性を考える

電気自動車などNEVのシェアが急伸する一方で、かつてないほどの価格競争が起こっている中国の乗用車市場。「エンジン車の競争優位性に大きな変化が起きる転換期を迎えている」とするアメリカ在住のアナリスト、Lei Xing氏のレポートです。

中国の「両会」〜 自動車価格の「大恐慌」と自動車(NEV)販売安定化の方向性を考える

【元記事】 Two Sessions, price “massacre” and stabilizing auto (NEV) consumption by Lei Xing.

価格戦争の中で岐路に立たされる中国自動車市場の実態

ここ数か月の間、国内消費の安定化が中国政府および政府高官の間で最も重要なテーマとなっています。中国は、昨年末に厳格なコロナ管理対策を解除し、コロナ禍を過去のものとすることに決めました。

現在は特に、新エネルギー車(NEV)を含む自動車の販売に焦点が当てられています。

3月5日に北京で開催された第14回全国人民代表大会(全人代)の開会式において、李克強首相は自身の閣僚として最後のスピーチとなる政府業務報告を行いました。そして開始から5分も経たない内に、過去1年間の国内消費の押し上げのために国が取った自動車関連の施策の特徴について述べました。その2つとは、自動車の販売促進を目的とした取得税の減免と、NEVの販売台数が93.4%増加したことです。

李氏のいう取得税減免とは、2022年の下半期に導入された、排気量が2.0L以下かつ、価格が30万元(571万円)以下の乗用車に対する(従来の10%ではなく)5%の取得優遇税制を指しています。また中国自動車工業協会(CAAM)のデータによると、NEVの販売台数は約690万台に達しており、2年連続でほぼ倍増しています。

業務報告の後半では、NEVが中国の経済成長を促進する新興産業の1つとなると、再び言及されました。

開会式に続いて、工業情報化部部長である金壮龍氏との午後の記者会見内でも、自動車産業とNEV販売についてのトピックが取り上げられました。

「中国のGDPの1%以上を占める電子、自動車、鉄鋼、非鉄金属、石油化学などの比較的規模の大きい産業は、安定成長の観点で非常に重要です。これらの産業の基盤が健全なものとなるように、できる限りのことを行っていきます。」と金氏はメディアに語っています。消費拡大について金氏が最初に言及したのは、「NEVなどの高額商品の消費の安定化」についてでした。

自動車産業、特にNEV販売の健全性は、李氏が主宰する国務院幹部会議や、政府高官が出席する最近の国家情報局の記者会見で頻繁に取り上げられています。会見には、工業情報化部(MIIT)、国家発展改革委員会(NDRC)、商務部(MOFCOM)などが出席しています。

自動車(NEVを含む)は家電、家具、食品・飲食業と並んで、国内4大消費の1つであり、中国経済の主要な原動力であると言えるでしょう。これらの主要産業は、中国の2023年のGDP成長目標である5%の達成の大きな鍵となります。特に、昨年末にエンジン車の取得優遇税制とNEVの補助金が終了したことを受けて、エンジン車とNEVの消費を促進するための新たな景気刺激策や優遇措置を導入するシグナルが出始めています。

全人代と中国人民政治協商会議(CPPCC)は、年に1回開催される中国議会と諮問機関の「両会」と位置づけられています。3月13日に閉会した両会では、中国自動車市場史上最大の価格競争となっている環境下において、前述のシグナル以外に自動車消費を喚起するための具体的な施策が発表されることはありませんでした。

私は20年以上に渡り中国の自動車市場を取材してきましたが、足元の数週間で起きているNEVとエンジン車の値下げ競争ほど、深刻で広範囲、かつ必死な状況を見たことがありません。テスラが2023年始めに上海製のモデル3とモデルYの開始価格をそれぞれ229,900元(438万円)と259,900元(495万円)に引き下げて以来、2023年3月13日時点で競合30社以上が様々な車種の値下げを発表しています。一部のディーラーは、自動車業界では前代未聞の「1台買うともう1台もらえる」キャンペーンを行っているほか、10万元(190万円)、またはそれ以上の値下げも珍しくはありません。

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中国で前例のない値下げ戦争が起きている理由は複合的で、大きな要因としてはNEV補助金とエンジン車に対する取得税優遇措置の終了を控えて昨年12月までに駆け込み需要が生じたため今年に入ってから消費に反動減が生じたこと、コロナによる渡航制限の解除にともない国民の消費が自動車以外の分野に流れていること、7月に導入が予定されている厳格な「国6b」排出ガス規制により自動車メーカーが在庫整理を迫られていること、などが挙げられます。

数字は雄弁です。CAAMによると、2023年2月の自動車全体と、その内の乗用車の販売台数は、旧正月の関係で前年2月より営業日数が多かったという事情もありますが、前年比でそれぞれ13.5%と10.9%増となっています。1月から2月の自動車と乗用車の販売台数は、いずれも前年比15.2%減でした。幸いなことに、2023年1月、2月のNEV販売台数は、前年比でそれぞれ55.9%と20.8%の増加が見られました。上海汽車(SAIC Motor)、東風汽車(Dongfeng Motor Group)、広州汽車(GAC Group)、長城汽車(Great Wall Motor)などの主要なメーカーでは、1~2月の販売台数が前年より減少したと報告しています。

要因が何であろうとも、一つ確かなことは、少なくとも短期的には中国の自動車市場の価格設定と基盤が崩壊していることです。その結果、メーカーやディーラーは抜本的な措置を講じることになり、彼ら自身の終焉を早めるだけの非常にマイナスな結果を招くことになるでしょう。それを防ぐには、政府が「神の見える手」として、昨年の取得税優遇措置のように何らかの新しい対策を発表する必要がありますが、消費を安定させることが国の優先事項であることを踏まえると、この可能性はゼロではないと考えられます。

2023年は少し残念なスタートを切ったものの、以前に「China crushed NEV sales records in 2022, what can we expect in 2023?」で述べたように、私は中国のNEV販売台数が今年、1000万台に達すると引き続き期待しています。この1000万台レベルの販売台数を達成するには、少なくとも何ヶ月か月間販売台数100万台を超えないといけないでしょう。

中国は、習近平体制が3期目を迎え、内閣が交代し、経済成長の圧力がかかる中、岐路に立たされています。同様に、中国の自動車市場も、NEVのシェアが拡大し続ける中、前例のない価格競争が、最終的にエンジン車の競争優位性に大きな変化をもたらすであろう転換期を迎えています。

翻訳/翻訳アトリエ(池田 篤史)

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この記事の著者


					池田 篤史

池田 篤史

1976年大阪生まれ。0歳で渡米。以後、日米を行ったり来たりしながら大学卒業後、自動車業界を経て2002年に翻訳家に転身。国内外の自動車メーカーやサプライヤーの通訳・翻訳を手掛ける。2016年にテスラを購入以来、ブログやYouTubeなどでEVの普及活動を始める。

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