BYDが格安電気自動車『海豚』の価格を発表「約31kWhで160万円〜」

BYDは8月末に開催された中国、成都でのモーターショーで新型電気自動車(EV)『Dolphin』(中国名:海豚)の価格を発表しました。ベーシックモデルの価格は補助金を含めると9万3800元(約159万6000円)で、30.7kWhのバッテリーを搭載しています。BYDの低価格路線が明確になってきました。

BYDが格安電気自動車『海豚』の価格を発表「約31kWhで160万円〜」

※冒頭写真を含め記事中写真はBYD公式サイトより引用(以下同)。

160万円を切るEVに約30kWhのバッテリーを搭載

BYDは2021年8月、中国四川省の省都、成都で開催されている成都オートショーで『Dolphin』(海豚)の価格の詳細を発表しました。BYDは5月までに、すべてのBYDのEVにはLFP(リン酸鉄)の『ブレードバッテリー』を搭載することを明らかにしています。こうしたEVは中低所得者層向けの商品展開になると見られます。

【関連記事】
BYD製EVのターゲットは低&中所得者層~LFPバッテリーにすべてを賭ける(2021年5月4日)

新型『Dolphin』も、この低価格路線に沿った商品展開になっています。グレードは4種類で、ベーシックモデルの『活力版』、少し装備を凝った『自由版』、上級の『时尚版』(ファッションエディション)、ハイパフォーマンスの『骑士版』(ナイトエディション)です。それぞれの、補助金を差し引いた後の価格は以下の通りです。

●活力版 9万3800元(約159万8000円)
●自由版 10万3800元(約176万8000円)
●时尚版 10万8800元(約185万3000円)
●骑士版 12万1800元(約207万4000円)

※2021年9月3日時点のレートで換算。

補助金の額は、BYDのカタログサイトによれば、『活力版』は約1万2165元、その他の3種類は約1万7791元となっています。

安いですね。補助金がなくても『活力版』は180万円程度です。この価格で、バッテリーは30.7kWhを搭載しています。驚くしかありません。

より上級の3グレードは、いずれも44.9kWhを積んでいます。1kWhあたりの単価にしてみると、『活力版』は約52000円、上級の3グレードは約3万9350円~約4万6173円です。なんと5万円を切っていました。

前回、三菱自動車と日産が軽EVを発売することをお伝えした際に、バッテリー1kWhあたり約8万1000円、テスラの『モデル3』はロングバージョンだと約6万4000円と推測してみました。これらと比べても、BYDの安さは際立っています。

もちろん、車の価格はさまざまな要素から算出されているので単純比較はできませんが、EVではバッテリーのコストが車両価格を左右する大きな要素になっています。『Dolphin』は、BYDのバッテリーコストがかなり低いことを現していると考えて間違いないでしょう。

写真を見る限り、インテリアの雰囲気も上出来です。

ブレードバッテリー搭載で性能確保か

冒頭で触れたように、BYDは、これから発売される新たなEVにはLFPバッテリーだけを搭載する予定です。搭載するLFPバッテリーは、2020年3月に発表した『ブレードバッテリー』という新しい設計思想を盛り込んだアーキテクチャを発表しています。

『ブレードバッテリー』は、BYDによれば従来のLFP系バッテリーに比べて安全性が高く、発火しにくいようです。BYDはリリースで、同じ貫通試験をした場合に、三元系のリチウムイオンバッテリーは500度以上に温度が上がって燃焼したけれども、ブレードバッテリーは貫通後も表面温度は30~60度にしかならなかったとしています。そもそもLFPバッテリー自体が三元系バッテリーに比べて安全性が高いとされていますが、それをさらに進めたということでしょうか。

とは言え、貫通試験の詳細もわからないですし、そもそも三元系だろうがなんだろうが、貫通試験で燃えてはいけないのは基本なので、どれほど安全性が上がっているのかはリリースだけでは見えません。

一方で、ブレードバッテリーはBYDの従来のモジュールに比べるとスペース効率が50%向上しているそうです。こちらは社内比較なので改良点としていいと思います。

つまり、コストが安いのはLFPだからなのですが、『Dolphin』では同じスペースにより多くのバッテリーを搭載できるようになって、総合的な性能が上がったということになりそうです。

ということで動力性能を少し見ていきましょう。まず一充電あたりの航続距離ですが、バッテリーが30.7kWhの『活力版』では301km、44.9kWhの『自由版』『时尚版』では405kmです。1khWhあたりの電費に換算すると、9.8~9.0km/kWhになります。

航続距離をどのように出しているのか、『Dolphin』のカタログサイトには記載が見当たらないのですが、後述するモデルはNEDCでの航続距離と記載があるので、そうなのかもしれません。

またバッテリー搭載量が多いバージョンの方が、1割程度も電費が悪くなっている点は不思議です。単純に、重量が増えた分だけ電費が落ちているとすると、荷物を積んだり人が乗ったりすると同じように電費が落ちるかもしれません。パワーがあまりない車は重量に影響されやすくなります。

最高出力は、ハイパフォーマンスの『骑士版』が130kWで、他は70kWと、そこそこです。加速性能は、0-100km/hではなく0-50km/hですが、『骑士版』が3秒、それ以外のバージョンでは3.9秒と、これもまあ、そこそこです。100km/h以上に加速するのは容易ではないのかもしれません。

それでも160万円そこそこで、ある程度走れるEVがあるのは選択肢が大きく広がるので、とてもありがたいことだと思います。

充電は、直流の場合は『活力版』で40kW、他の3グレードは60kWに対応しています。欧米が大容量、大充電出力に向かっているのに比べると見劣りしますが、そもそもたいしたバッテリー容量ではないのと、中国全般では、欧米のように高い巡航速度で高速道路を走らなくても問題ないような使用環境を考えると、このくらいで十分なのかもしれません。

中国だけでなく、日本でも地方都市の日常の足として考えると、ハイパフォーマンスな動力性能も100kWの急速充電も優先度は低く、低価格にふった、そこそこの性能のEVは競争力があるように感じます。日本の田舎道も、欧州のように100km/h近くで巡航するなんてありえないですし。

【Dolphinスペック表】

活力版自由版时尚版骑士版
希望小売価格10万5965.120元12万1591.488元12万6591.488元13万9591.488元
補助金後の価格9万3800元10万3800元10万8800元12万1800元
日本円換算約159万8000円約176万8000円約185万3000円約207万4000円
全長×全幅×全高(mm)4070×1770×15704125×1770×15704150×1770×1570
ホイールベース2700mm
最小回転半径5.25m
最高出力70kW130kW
最大トルク180Nm290Nm
加速性能(0-50km/h)3.9秒3.0秒
バッテリー容量30.7kWh44.9kWh
一充電航続距離(NEDC※)301km405km401km
対応充電出力(DC)40kW60kW
対応充電出力(AC)7kW

※BYDのHPでは明記していませんが他モデルがNEDCなので同様と考えました

その他の低価格EVたち

ところでBYDのEVを改めて見てみると、新型『Dolphin』以外にも低価格のEVがいくつもあることがわかります。以下、価格と、バッテリー搭載量を少し列記してみます(価格はいずれも補助金を差し引いた後のもの)。

元 Pro。

●『元Pro』
301KM舒适型 7万9800元(約135万9000円) 38.9kWh搭載
401KM豪华型 8万9800元(約152万9000円) 50.1kWh搭載
401KM尊贵型 9万9800元(約170万円) 50.1kWh搭載
要爱一生版 12万1300元(約206万5000円) 50.1kWh搭載
一生一世版 13万1400元(約223万3000円) 50.1kWh搭載

●『e2 款2021』
舒适型 9万9800元(約170万円) 43.4kWh搭載
豪华型 10万6800元(約181万8000円) 同
尊贵型 11万5800元(約197万2000円) 同

●『e2 升级』
标准型(標準型) 8万9800元(約152万9000円) 35.2kWh搭載
高续航版(豪华型) 11万2800元(約192万円) 47.3kWh搭載

この他にもいろいろなグレードがあります。また『元』には『元Pro』の他に全体的に少しアップグレードした『全新元EV』という車種もあります。

バージョンの名前をGoogle先生で日本語にしてみると、『元Pro』の『要爱一生版』は「人生を愛するバージョン」、『一生一世版』は「永遠バージョン」になるようです。ちょっとおもしろいです。

加速性能は、どのモデルも『Dolphin』と同じようなもので、50km/hまで加速するのに3.9秒かかります。かなり、そこそこです。一方で航続距離は確保していて、いずれもNEDCで300~400km程度はあります。出力を落として航続距離を伸ばしているのかもしれませんが、日常の足なら十分でしょう。

それにしてもこの価格は魅力です。バッテリー1kWhあたりにしてみると、『元Pro 301KM舒适型』は約3万5000円で、『401KM豪华型』は約3万円にしかなりません。『e2 款2021』は約3万9000円、『e2 升级』の標準型は、「升级」が日本語でアップグレードの意味なのもあって少し高くなっていますが約4万3000円、豪華型は約4万円です。

BYDは、これらのEVについては中低所得者層向けと割り切っています。高出力のモーターの代わりに、1kWhあたり3万円~4万円というバッテリーコストでEVを提供するのは、所得差が大きな中国では有効なのかもしれません。

でも所得差が大きいのは中国だけではなく、もちろん日本でも似たような状況はあるわけで、安全性さえ確保できていれば、すべての車が150km/h巡航できる必要もありません。このようなマーケット戦略が奏功するのかどうか、即答するのは難しいですが、EVという新しい種類の車にとっては、また環境問題という大きな課題解決の方策のひとつとしては、個人的には「アリ」だと思うのです。

長城汽車の低価格EV、いろいろ

EVsmartブログでは以前、長城汽車(Great Wall Motor)の『ORA R1』を紹介したことがありました。

【関連記事】
「世界で最も安い」 電気自動車『ORA R1』のインド進出が世界で話題(2020年1月21日)
中国製電気自動車 ORA R1 を世界が絶賛! 100万円で200km以上を実現(2019年2月18日)

ORA 公式サイトより引用。

それから2年。長城汽車はたくさんの低価格EVを市場に送り出しています。価格も、『ORA R1』の最安モデルが7万1800元だったのに対し、さらに性能を絞った『ORA 黒猫(Black Cat)』は6万9800元(約120万円)になりました。『黒猫』の一充電あたりの航続距離は、NEDCで301kmです。

余談ですが、EVsmartブログでは基本的に、アメリカのEPAの走行モードによる航続距離を紹介するようにしています。走行条件がもっとも厳しいので、リアルワールドとギャップがあると言われてきた燃費データを少しでも現実に近づけられると考えているためです。

けれども今回紹介しているような低価格EVは、そもそも高速巡航を考慮していないくらい動力性能が貧弱なので、EPAのデータにしてもあまり意味がないように思えます。現状では世界的にWLTPを基準にするようになっているので、NEDCの数字だとよくわからない部分もありますが、今回に限ってはそのまま記載しています。より厳しめに考えるのであれば、NEDCを話半分として見ればいいのかもしれません。それでも中国の低価格EVは150km程度の航続距離をもっていそう(実際の実用航続距離はNEDCの7掛け〜8掛け程度でしょう)なので、実用上の問題はないように思いました。

閑話休題。さて、長城汽車の『黒猫』ちゃんですが、『CleanTechnica』の2021年8月1日の記事を見ると、2021年1月~6月の6か月間では世界で6番目に売れているEVになっています。販売台数は3万2013台です。日本が誇る日産『リーフ』や、兄弟車のルノー『Zoe』よりも売れてます。

『Clean Technica』の記事から引用。

トップは6月だけで約7万台、半年間で24万台以上が売れているテスラ『モデル3』がダントツです。以下、五菱汽車の『宏光 mini EV』、テスラ『モデルY』、BYD『Han EV』、フォルクスワーゲン『ID.4』と続き、『黒猫(Black Cat)』がランクインしています。どんな地域で売れているのかが気になりますが、調べきれませんでした。どこかにデータがあれば、コメントで教えていただけるとうれしいです。

中国の低価格EVについては、安かろう悪かろうになっている可能性もあるのかもしれません。ただ、価格と耐久性、現代ではそれに加えてリサイクル性といった環境性能を、どこでバランスさせるかは難しい問題というか、永遠の課題です。使い捨てライターのようになっては元も子もありません。

それはすべての製品が抱える課題でもあり、回答がすぐに出るものでもありません。一方で脱炭素の優先度の高さを考えると、内燃機関の車が増えるよりEVが増えた方がいいのは間違いありません。その中で、低価格EVは先進国だけでなく、これからモータリゼーションが本格化する途上国にとっては大きな意味があるように感じます。

だからといって、このまま日本に持ってきても厳しいのですが、日本は日本で、良質な軽EVが低コストで出てくるようになるといいですね。というわけで、今後も低価格EVが世界にどう浸透していくのか、期待を込めて見ていきたいと思います。

(文/木野 龍逸)

この記事のコメント(新着順)7件

  1. 個人的見解ですが、トヨタが対抗するにはすべてのHVをPHEVにすることが必要です。BYDなどからLFP電池10kWhを20万円程度で買って、250~350万円の価格帯(プリウスHV相当)のHVをPHEVにしてしまうこと。そして、3kWの普通充電器を使って夜間充電するなら、10kWhまでは電気料金を無料にする。ただし災害時は10kWhの半分は行政(または電力会社)が自由に使えるという条件付きで。そんなことでもしないと、日本のEV産業は変わりそうにないです。

  2. ORA R1(黒猫)は、今は中国のみでの販売のようです。
    Marklinesによると、すべて中国のみで1月6090台、2月4561台、3月8527台、4月4613台、5月1695台、6月6508台で31994台というデータがあります。(ちょっと上のデータと誤差がありますが)
    余談ですが、中国では新興メーカーの小鹏が上り調子で、TESLA MODEL S似のP7が月に
    7千台とか売れています。小鹏も取り上げる価値があると思います。

  3. やがて中国製の車が日本のあちこちで走る様になると思います
    家電も同じく駆逐されたように値段の安い車しか買えない層も日本には高齢者世帯を中心にかなり居ます
    シェア20%取られる日まで、そう遠くない

    1. 2割で済めばいいのですがね。
      BYDの時価総額もvwやトヨタといった1000万台クラブの自動車メーカーに追いつき追い越そうとしています。
      日産ホンダは既に抜かれました
      今見たらNIOもすでに日産ホンダを抜いてますね

      テスラ1社がたまたまバブルで高くなっているわけではなく。
      未来がどちらにあるのをジャッジしたといわざるを得ません

  4. なんとなく、トヨタのアクアもしくは、ヤリスのように感じるのは、気のせいかな?

  5. 出力を抑えて電力消費をおさえ、その分航続距離を稼ぐ
    という乗り方はEVの乗り方としては正解な訳で。
    欧米メーカーはとにかく高出力高性能を誇示したがりますから
    その分値段に跳ね返っている訳ですが。
    BYDの開発目線は好印象ですね。
    デザインも悪くない。
    ただ、安全基準が日本向けにすると安くならないのが残念ですね。
    バッテリなどを含めて経年劣化の状況やその時の保守体制まで考えると
    やはり日本のメーカーに頑張って欲しいと改めて思います。

    1. 中国の自動車メーカーは、日本(だけでなく世界中)の自動車メーカーのエンジニアを高給でハンティングしていますから、日本の規格・基準を満たした、安価で高品質なEVが日本市場に入って来る可能性は高いです。
      EV用のリチウムイオン電池の多くが中国製で安価なのも、中国勢にとっては有利なのですよね。

      そのリチウムイオン電池も、日本が先行していた(2019年にノーベル化学賞を受賞した吉野彰さんも黎明期のブレインでした)のに、今や孤軍奮闘のパナソニックも押され気味。
      平成以降、日本勢って、どうしてこうなっちゃったのでしょうか?

      当ブログの読者諸氏も、「EV買うなら、やっぱ国産車!」という方が多いのではないかと思いますが。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です


この記事の著者


					木野 龍逸

木野 龍逸

編集プロダクション、オーストラリアの邦人向けフリーペーパー編集部などを経て独立。1990年代半ばから自動車に関する環境、エネルギー問題を中心に取材し、カーグラフィックや日経トレンディ他に寄稿。技術的、文化的、経済的、環境的側面から自動車社会を俯瞰してきた。福島の原発事故発生以後は、事故収束作業や避難者の状況のほか、社会問題全般を取材。Yahoo!ニュースやスローニュースなどに記事を寄稿中。原発事故については廃棄物問題、自治体や避難者、福島第一原発の現状などについてニコニコチャンネルなどでメルマガを配信。著作に、プリウスの開発経緯をルポした「ハイブリッド」(文春新書)の他、「検証 福島原発事故・記者会見3~欺瞞の連鎖」(岩波書店)など。

執筆した記事