キャデラック(GM)が『リリック』を発表〜世界の電気自動車シフトがまた前進

日本時間の8月7日、キャデラックはSUVタイプの電気自動車(EV)「リリック」を発表しました。すでに発表している「アルティウム」バッテリーを搭載し、次世代のキャデラックブランドをリードしていくモデルと位置付けています。発売時期や価格、詳細な仕様は未定です。

キャデラック(GM)が『リリック』を発表〜世界の電気自動車シフトがまた前進

自信たっぷりにキャデラックのEVの将来を語るGM社長

キャデラック初のEV「リリック」の発表会は、新型コロナ禍の中、オンラインで行われました。冒頭のイメージビデオに続いて登場したGMのマーク・ロイス社長は、「先端技術を豪華な作りの車に採用するのは、1世紀以上、キャデラックの礎石だった」と、新型バッテリーや先進技術を詰め込んだEVをキャデラックブランドから市場に送り出す意義を説明しました。

セルスターターをはじめとする今の車になくてはならない技術の中には、キャデラックが初めて量産車に搭載したものが数多くあります。先端技術はまずキャデラックでというGMの姿勢は、こうした歴史を踏まえたものと言えます。

また車の説明に続けて行われたオンラインでの質疑では、「今、なぜキャデラックは電動に向かうのか」という質問に対して、ロイス社長は次のように回答しました。

「キャデラック、そしてその他のGMのブランドは、ゼロエミッションになる電動化の未来の実現に関与してきます。バッテリー技術の進歩と利用可能な充電施設の拡大は、これまでになくEVを保有することを容易にしているし、私たちがEVの未来を作ることもまた容易にしています」

さらに続けて、GMは25年以上のEV生産の実績があり、ユーザーがどのくらいの頻度で充電し、日々にどのくらいの距離を走るのかという情報を持っているため、こうしたデータを使ってキャデラックが次世代のEVを作れば「確実にGMはユーザーを釘付けにする」と話し、EV市場での顧客獲得に自信を見せました。

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GMはすでに2019年初頭にはキャデラックブランドにEVを導入することを明らかにしていました。今回はその方針が言葉だけではなかったことを示しました。

それでも、1990年代にGMが、当時は元気だったサターンブランドから発売したEVの「EV1」を現地で取材し、最終的にGMがEV1の事業から撤退したところまでを見てきた筆者としては隔世の感を感じました。同時に、GMのフラッグシップブランドであるキャデラックからEVを始めるというのは、ここにきてEVに本腰を入れたようにも感じて、これから数年の動きから目が離せないなと思いました。

ところでオンライン発表会での質疑ですが、司会者が一番はじめに取り上げた質問は中国、上海からのものでした。またイメージビデオも、最初に登場したリリックのエンジニアは中国出身の女性で、質問の順番と併せて考えると示唆的なものを感じました。想像ですが、GMが狙うリリックの主要市場は中国なのかもしれません。と言っても、現状を考えればごく自然なことですね。

発売時期は未定ながらも100kWhのバッテリーで航続距離480kmを目指す

ではリリックのスペックについて見ていきましょう。はじめに少し残念なお知らせですが、発表されたリリックは“ショーカー”の位置付けなので、発売時の仕様が今回、発表されたものと同じかどうかはまだわかりません。

ではいつわかるのかというと、これがまた、わかりません。今回の発表では発売日のアナウンスはありませんでした。念のためGMジャパンに確認したところ、発売時期は未定とのことでした。日本導入も未定です。

改めて発表されたリリックのスペックに戻ります。まず航続距離は、300マイル(約480km)以上を目指しています。キャデラックのSUVといえば車体のサイズも豪華さもラグジュアリーという名にふさわしいものなので、それを500km近く走らせるバッテリー容量は、どえらいことになることが想像できます。

プレスリリースで発表されているバッテリー容量は、100kWhです。この数字のまま市販されれば、市販乗用車の中では最大級になりそうです。なお急速充電は150kW以上の出力に対応する予定です。

とすると、100kWhのバッテリーを150kW急速充電器で充電した場合は、ゼロから80%まで入れるのに計算上は約30分程度になりますが、充電が進むと出力は落ちるので、実際にはそこまで入らないと思われます。それに150kWの急速充電器ネットワークが出そろうまでは、バッテリー容量をフル活用して航続距離を伸ばすという使い方は容易ではなさそうです。

交流電源での充電では、出力19kWに対応予定です。とはいえ、19kWを家庭で確保するのは至難の業かもしれません。まあそのへんは、そもそもキャデラックを買おうという人たちなので庶民が余計な心配をしてもはじまらないかもしれませんね。

リリックのバッテリーは、前述の通り「アルティウム」を搭載予定です。アルティウムはGMとLG化学の共同開発で生まれたもので、モジュール構成を変えることでさまざまな容量に対応できることが特徴です。バッテリーは正極にアルミニウムを使用しており、現在GMが使用しているバッテリーに比べてコバルトの使用量を70%以上削減していると発表されています。

さらに、モジュール内にバッテリーの電子回路を組み込むようになっているため、現行のGMのEVと比較して、バッテリーパックの配線が90%削減されるようです。

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この他、リリックの特徴的な仕様を紹介すると、業界初と銘打ったハンズフリー運転支援システム「スーパークルーズ」の最新バージョン(自動車線変更にも対応)を搭載予定、33インチの大型ディスプレーに車両情報を表示(筆者のテレビが32インチですが、どうしてこれが車に収まるのかわかりません)、キャデラックでは初めてアクティブノイズキャンセリング技術を採用予定(エンジン音のないEVでは大きな課題になるロードノイズをカットします)、というところでしょうか。

なお音響システムに関しては、19個のスピーカーを搭載するそうです。あらゆる装備が、そこまでするかという内容になっていますが、そこはキャデラックなので、改めて、庶民の常識は通用しないと言っても過言ではないようです。

充電ネットワークは「EVgo」など3社で構成

リリックの発表に先立ち、GMは7月31日に急速充電器ネットワークを整備する充電インフラ会社「EVgo」と共同で、今後5年間で新しい急速充電ネットワークを2700カ所に整備し、既存の3倍に増やすことを発表しました。

新たに整備される急速充電ネットワークの充電器は出力100~350kWに対応し、ほとんどの場所で4台のEVを同時に充電できるようにする計画です。またゼロエミッションの達成に向けて、新しいEVgoの急速充電器は100%再生可能エネルギーになる予定です。これらの急速充電器は、2021年初頭に利用できるようになります。

GMは2019年1月に、「EVgo」のほか、「ChargePoint」、「Greenlots」の3社との協力で充電インフラを整備することを発表しました。発表時には、これら3社で北米に31000の充電ポートを設置していました。

充電インフラの整備に関して、GMのメアリー・バーラCEOは「私たちは、顧客が気に入る新しいEVを市場に投入するために、迅速に動いています」「ドライバーにとって、便利で信頼のできる公共の急速充電器を含む充電インフラがどれほど重要かを知っています」と述べています。

この言葉通り、GMは公共充電インフラだけでなく、独自に急速充電器ネットワークを整備。新たに生まれるEVユーザーを満足させ、確実にEV市場を広げるための取り組みを始めていると言えそうです。

そしてGMのスティーブ・カーライル上級副社長は、リリックについて次のように述べています。

「リリックを先導役に、キャデラックは今後10年間でアメリカンラグジュアリーを再定義し、変革をもたらす新たなEVポートフォリオを導入します。我々はGMのお客様に、五感を刺激し、要望を先取りし、他では得ることのできない旅の体験を提供していきます」

要するに、キャデラックはEVを中心にした新たなモデル構成を進めていく、ということでしょう。

繰り返しですが、1990年代のGMのEV1に対する取り組みの変遷を思うと、違いの大きさに驚きます。もっともEV1も、発売時には注目度も大きく、GMのやる気も見えました。それが数年でしぼんだのは、バッテリー性能の限界を見たことが大きかったと思われます。その後の燃料電池車(FCEV)への傾倒は、EVで苦労をした反動のようにも見えました。

EV-1の廃車を題材にした映画『誰が電気自動車を殺したか?』の予告編(YouTube)

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ここまで20数年間の経緯はありましたが、今、キャデラックから新たなEVの取り組みが始まると思うと、個人的にはワクワクがふくらみます。リリックは間違いなくデカイので「こんな電費の悪い車をどうするんだ」という声が出るだろうことも予想できますが、それも含めて、EVが今以上に議論の俎上に乗ることが多くなるのはいいことだと思います。

そうしてどんどん議論が進めば、ラグジュアリーSUVとは別に、EVに何が必要なのか、何が不要なのかについて、新しい発見があるかもしれません。それもまた、楽しみです。

(文/木野 龍逸)

One thought on “キャデラック(GM)が『リリック』を発表〜世界の電気自動車シフトがまた前進”

  1. 日本のEVシフト、の悪さの説に、インフラやユーザー側の意見は出尽くしてますが
    割と珍しい視点に減価償却の解釈の違いと言う説があります。

    日本では、設備投資は製品への寿命、つまり老朽化によって使い物にならなくなるまでの年月で残価を割る。
    しかし新興国や米国では時価ベース、つまり、それを生産する財貨(製造業なら半導体など、EVでは電池とか)の生産性で判断される。それで、数年ごとに莫大な投資をしないといけない半導体産業やデジタル製造業(半導体全般、太陽電池、液晶などのディスプレイ及びそれを使用するテレビやスマートフォンなど、そしてリチウムイオン電池も日本企業が製品化に貢献しながら遅れをとっている)でことごとく遅れをとった原因といわれています。

    まず、減価償却は損失ですが、損失として計上できるという事はその分の税金は免除される。
    また、新しい工場に更新するときに1度に残りの価値を帳簿でゼロにする=その時に一気に損失が発生するわけですから、経営者にとってはいかにも自分のせいで損失が発生したように見える。
    だからリスクを押さえて古い設備を使い続けようとするわけですが、
    個人や古い産業ならまだしも、デジタル産業の生産性向上のスピードを考えると数年で新工場を建てたほうが総合的に効率がいい

    家は新築から20年程度で無価値に鳴って土地の価格でしか評価されないのに
    工場等は逆に帳簿上では古臭い工場もかなりの年月価値があることになってしまいます

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					木野 龍逸

木野 龍逸

編集プロダクション、オーストラリアの邦人向けフリーペーパー編集部などを経て独立。1990年代半ばから自動車に関する環境、エネルギー問題を中心に取材し、カーグラフィックや日経トレンディ他に寄稿。技術的、文化的、経済的、環境的側面から自動車社会を俯瞰してきた。福島の原発事故発生以後は、事故収束作業や避難者の状況のほか、社会問題全般を取材。「Yahoo!ニュース 特集」などで災害対応や司法の問題などについて記事を執筆中。また原発事故については廃棄物問題、自治体や避難者、福島第一原発の現状などについてニコニコチャンネルなどでメルマガを配信。著作に「ハイブリッド」(文春新書)、「検証 福島原発事故・記者会見3~欺瞞の連鎖」(岩波書店)など。

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