2017年以来初! テスラ向け電池生産を増強するパナソニックの勝算は?

2020年8月19日、日経新聞が「パナソニックがテスラ向け電池生産を増強する」というスクープ記事を流しました。その後、ブルームバーグやNHKなども相次いで本件を報道。『EVsmartブログ』でもポイントをわかりやすくお伝えするべく、パナソニックに事実を確認してみました。

2017年以来初! テスラ向け電池生産を増強するパナソニックの勝算は?

※冒頭写真はギガファクトリー1(2017年)。

日経の報道当初は「飛ばし(推測に基づく)記事?」とも感じましたが、同社の広報部によると「数字も含めて、まったく既報のとおり」とのことでした。ただし本件について、あらためて同社からはニュースリリースは出さないそうです。今回のニュースについて、これまでの経緯を簡単にまとめてみたいと思います。

1度は見送られた増強計画。憶測が飛び交う中で潮目が変わった!?

パナソニックが20億ドル(約2100億円)もの巨額を投じ、米ネバダ州の電池工場「ギガファクトリー1」をテスラと共同でスタートさせたのは2017年のこと。そこで同社は電池の中核部材であるセルを供給し、テスラが完成品のバッテリーパックを仕上げています。

そもそもパナソニックが、テスラ向けの電池生産を強化するという話は、今回に限ったことではありませんでした。2019年にもバッテリー増産の報道がありました。このときはテスラのEV生産が軌道に乗っておらず、計画は見送られました。

実は、ギガファクトリー1が稼働後も、パナソニックの電池事業は赤字が続いており、収益化されていないのです。直近では2020年4-6月期の営業損益が95億円のマイナス。そのためテスラとの協働体制に「若干および腰になっている?」という印象もありました。

またパナソニックは、4月にトヨタ自動車と合弁会社「プライム プラネット エナジー&ソリューションズ」を設立、赤字の国内電池事業を切り離し、事業再編しようとしている、という憶測も一部で流れました。ただし、この会社は角形電池を中心に展開するもので、戦略的にトヨタの資本を活用しながら、全固体電池などの次世代電池の研究・開発も共同で進めていくという狙いがあるようです。

このように、いろいろな報道が流れるなかで、今回のニュースが流れたこともあり、関係者は色めき立ったわけです。2017年に電池生産を開始して以来、パナソニックが同工場への増産のために投資するのは今回が初めてのことになります。ようやく潮目が変わったことを印象づける報道となりました。

テスラへの新規投資規模は100億円以上、年間生産能力を1割アップ

ここからは、現時点において報道されているテスラ向け電池の増産計画について、ポイントを整理してみましょう。下記は、パナソニックの広報部から直接確認が取れたことです。

●投資規模は100億円以上となること
●2021年に米ネバダ州のギガファクトリー1」のラインを追加。(現在13ライン→14ラインに)
●生産能力を1割ほど増やし、年間生産能力を35GWhから約39GWhに引き上げる。
●これによってテスラの主力車「モデル3」の拡販や新型車の生産増に寄与する。

テスラはEVの生産目標を100万台としており、以前より電池の生産能力を強化したいという強い要望が出ていました。このところ同社の新型セダン・モデル3の販売が好調で、先月には時価総額もトヨタを抜き、自動車メーカーとして世界トップに躍り出ています。

そこで、電気自動車の生産拡大に向けて生産体制を強化し、収益アップを図ろうという狙いがあるわけです。大阪府内でブルームバーグなどの報道インタビューに応じた同社の佐藤基嗣副社長は「テスラ事業の営業損益に関して、20年度は年間の黒字達成に向けて着実に施策を進めていく」としています。とはいえ、パナソニックが電池の増産投資で対応できるかどうかは、まだ不透明です。

というのもテスラ自体は、4四半期連続の黒字(2020年第2四半期の最終利益は1億400万ドル=約110億円)になっていますが、先に触れたとおりパナソニックは、ずっと赤字の状態になっているからです。電池の納入先であるテスラは黒字の恩恵を受けているのに、パナソニック側では赤字になるという構造的な問題があるように見えます。

EV用電池を売るほど赤字になるジレンマ。パナソニックは本当に大丈夫か?

1つの理由としては、テスラは自動車本体の利益だけでなく、米国の「ゼロエミッション車規制制度」(ZEV規制)の恩恵も受けられるという点があります。現在、カリフォルニア州を中心に13州で導入されているZEV規制ですが、米国の自動車メーカーは本制度によってEVの販売比率を一定比率(16%)以上にしなければなりません。中国のNEV規制と同様、比率以下になったメーカーは、EVを作っている他の自動車メーカーから一定のクレジットを購入するか、罰金を支払って補填する必要があるのです(ただし、この規制をめぐって現在、政府と州法が対立している)。

そうなるとテスラのようなEVオンリーのメーカーは、他の自動車メーカーにクレジットを販売することができ、利益面でも有利に働くことになります。実際に2020年の第2四半期だけでも、テスラは中国のNEV規制で4億2800万ドル(1ドル=107円換算で約458億円)ものクレジット売却益を計上しているのです。

しかし、パナソニックは電池サプライヤーなので、こういった制度の恩恵を享受することはできません。逆に中国の電池サプライヤーとの熾烈な競争に巻き込まれてしまう可能性もあります。テスラは、中国のCATLともバッテリーを共同開発しており、上海工場で生産されるモデル3は、CATL製の新型角形バッテリーを採用します。

【関連ページ】
テスラが中国CATLとバッテリー供給契約を締結〜購入規模はニーズ次第?(2020年2月4日)
テスラ モデル3のCATL製バッテリーパックは角型バッテリーを採用(2020年2月24日)

パナソニックとしては、スケールメリットを発揮できるのかも不明ですし、逆に電池を売れば売るほど赤字になってしまうのではないか? という素朴な疑問も湧きます。

この点について、同社広報に訊ねると「確かに現時点では、テスラへの投資に対して利益を回収できていませんが、EV用電池の生産をしっかりやっていくという戦略のなかで、現状(の赤字)も織り込み済です。(車載用電池の生産の)利益が出づらいという点も理解したうえで(テスラとの協業を)始めています。今後EVの需要が増えていく中で、テスラだけでなく、全世界のニーズを我々だけで賄えるとは決して思っていません。求められるコストや性能の課題をみながら、どの市場に向けて電池を投入していくか(最優先市場は北米、次が欧州)を考えながら事業を成立させていきます。テスラ向けにしてもトヨタ向けにしても同じ思いでやっています。今後、中韓の競合メーカーが台頭し、市場争いが厳しくなる可能性もありますが、彼らを突き放せるように頑張っていきます」と力強い答えが返ってきました。

北欧の電池スタートアップ、ノースボルトとVWの動きも大いに気になる

ところで、パナソニックの報道の陰に隠れてしまいましたが、今回もうひとつ大きなトピックスがありました。北欧でEV用電池を手掛けるスタートアップ、ノースボルトが建設中の大型工場の話です。

同社は、スウェーデンにギガファクトリーを建設し、当初は2024年までに年間生産能力を32GWhにする予定でした。しかし、ここに来て、さらに生産能力を25%増やし、40GWhにするという上方修正がなされました。この背景には、EUが環境対策を成長戦略に掲げており、EV関連製品の域内生産を、より促進したいという思いがあるようです。

ノースボルト・エッテ。

もともとノースボルトは、テスラの幹部2人が2015年に設立したバッテリーのベンチャーです。2017年にはスイスの重電大手ABBグループと手を組み、同社の自動化技術やロボット技術などを導入することで最先端の工場を建設しています。スウェーデンのギガファクトリーでは、原料から電池セルまでを一貫生産し、低コストの電池をつくる計画です。

なおノースボルトに関しては、当EVsmartブログにて、同社CEOのピーター・カールソンの詳細インタビューを掲載しています。

【関連ページ】
欧州の電気自動車用バッテリー企業『ノースボルト』社ピーター・カールソンCEOインタビュー(2020年7月24日)
ノースボルトが電気自動車用バッテリーのギガファクトリー用に30億ドルを投資(2020年8月14日)

またノースボルトは、フォルクスワーゲン(VW)とも2020年からドイツ北部ザルツギッターにもギガファクトリーを建設しています。こちらはVWのバッテリーセルの組み立て本拠地となり、16GWhの生産能力を持つ工場になる予定です。

さらに合弁企業の「Northvolt Zwei」 (ノースボルト ツヴァイ)」の工場に必要な施設とインフラの構築も決定しており、約4億5000万ユーロ(562.5億円:125円換算)が投資される予定です。こちららの生産は2024年に開始され、年間生産能力は20GWhかそれ以上になると見られています。

VWは、今後10年間で2200万台のEVを生産するという驚くべき野心的な目標を設定しています。本当に実現できるかどうかは別として、世界各地におけるEV供給を確保できるように、いま欧州向けの電池サプライヤーとして韓国メーカー3社(サムスン、LG化学、SKI)と、中国と欧州向けに中国のCATLを選定しています。また前述のようにノースボルトと手を組み、セルの自社製造も推進しています。

このようにノースボルトもVWも、テスラのギガファクトリーと同等、あるいはそれ以上の規模感の電池生産・供給体制を構築しようとしているため、当面は両者の動向から目が離せないところです。

(取材・文/井上 猛雄)

この記事のコメント(新着順)3件

  1. パナソニックは2019年第4四半期に、生産能力を年間換算30Gwhにまで高めて黒字化したと報道しています。
    設備自体は2019年3月末までに35Gwhの設備を導入しましたが、実際の能力はこの時点で年間換算24Gwhでしかなく、3四半期かけて6Gwh向上させたという事は29Gwhぐらいで黒字化するということ。
    29/35=83%なので利益率はこんなものだと思います。
    2020年第2四半期は赤字でしたが、コロナで操業停止を食らってた為なので問題無し。
    2020年第1四半期決算では年間換算32GWhの生産量に到達したと述べ、 2020年度は材料と技術の革新に努めつつ、2021年度に向けて年間換算35GWhまで高めると語っています。

    1. twitwi shibata様、おっしゃる通りです。現在訂正依頼をしておりますので、少々お待ちください。ご指摘ありがとうございました。

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この記事の著者


					井上 猛雄

井上 猛雄

産業用ロボットメーカーの研究所にて、サーボモーターやセンサーなどの研究開発に4年ほど携わる。その後、株式会社アスキー入社。「週刊アスキー」副編集長などを経て、2002年にフリーランスライターとして独立。おもにエンタープライズIT、ネットワーク、ロボティクス、組込み分野などを中心に、Webや雑誌で記事を執筆。最近では、自動車もロボティクスの観点から「動くロボット」であるとして、自動運転などの取材も行っている。主な著書は、「災害とロボット」(オーム社)、「キカイはどこまで人の代わりができるか?」(SBクリエイティブ)など。

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