再エネシフトのためのアクションとは? テスラ「2023 Investor day」徹底解説【02】

2023年3月2日に開催された「Tesla’s 2023 Investor Day」を翻訳者でテスラオーナーの池田篤史氏が3回に分けて徹底解説。第2回は「テスラは再エネにシフトするために何をしているのか」、そして「そうすることでテスラにどのようなメリットがあるのか」について解説します。

再エネシフトのためのアクションとは? テスラ「2023 Investor day」徹底解説【02】

サステナブルな年間2000万台達成に向けたアクション

第2部はテスラがものづくりを垂直統合していった話から始まります。このパートは9つのサブパートに分かれており、テスラの技術の過去・現在・未来を詳細に説明するのですが、その画期的な内容は同じ分野を研究しているエンジニアから、テスラのあまりの優位性にショックを受けているという声も聞こえてきます。

プレゼンの冒頭では、車両の設計方法の進化について説明します。モデルSの頃はデザイナーとエンジニアのチームが、少人数だからこそ密に連携して車を完成させていました。モデル3では量産を念頭に開発を行い、今年の後半には納車が始まるサイバートラックでは自動化して、生産ラインそのもののあり方について見直しています。

車はまず「箱」を組み立てて、ライン上でその箱に内装やら足回りを順に取り付けていくのが100年前からの慣習でした。しかし、大型鋳造パーツ(ギガキャスト)に部品を取り付け、フロア兼バッテリーに内装を取り付けて、最後に全てのパーツを合体させる手法により、ラインそのものも10%短縮し、総合能率(ライン工やロボットが効率良く働く指標)も向上します。日系のTier1サプライヤーの米国法人社長と一緒に2018年にフリーモント工場を視察させていただいた時に、「まだ総合能率が低い」とおっしゃっていたのですが、この5年で見事に課題を克服したようです。

テスラの新型車は最初に箱を組んでしまわず、バラバラに効率よく組み上げるので、これをUnboxed Processと呼んでいます(Unboxed = 箱を分解した)。工場も小さくできるし、製造コストも下がります。

パワートレインも同様に、よりコンパクトに、より安く、工場もより小さくなるよう改良を加えています。パワーエレクトロニクスも内製化し、より高性能に、より安くを追求しています。驚くのは、シミュレーションソフトすら内製化して、既製品よりも早く正確に結果を得られるようにしていることです。

さらに凄いのは、次世代モデルに搭載予定の新型モーターです。年間何百万台もコンパクトEVを生産するなら、モーターに大量のネオジムが必要になります。しかし、ネオジムはほぼ100%中国から産出され、国家ぐるみでEVを推進している中国なら、自国のメーカーに優先的に卸すでしょう。下図は何が0グラムになるのか明言されていませんが、おそらくネオジム、ジスプロシウム、プラセオジムでしょう。ジスプロシウムを使わないネオジム磁石はあったりしますが、そもそもネオジムすら使わないとは、どういう仕組なのでしょう。今後の発表が期待されます。

次世代モデルは高額なSiCパワー半導体を75%削減したり、工場を見直したり、徹底的にコストを意識することで、性能は妥協することなく早く、安く、大量に生産することを念頭に置いています。

次のセクションでは車両のハーネスがいかに短縮されたかについて説明します。モデルSは総延長3kmの配線が使われていましたが、モデル3ではそれが半分になり、さらにサイバートラックでは48V化して、配線も近くの基盤につながっているだけで、基盤同士はイーサネットで接続する方式になります。配線が少ないのはコストカットにつながるし、軽量化にもなります。さらに、これまで問題が起きると1本1本配線を追いかけていた作業が断然楽になります。

ソフトウェアはテスラの最大の強みで、2012年からOTAアップデート(遠隔アップデート)を行っており、フリート(オーナーの車)から継続的にデータを吸い上げています。OTAアップデートができると、サービスセンターに入庫する回数が減り無駄をなくすことができます。フリートから取れたデータは、車両の安全性を向上させたり、充電性能を高めたり、様々な分野で利用されます。

また、実世界で活躍するAIの開発においても世界最高峰の技術を有しています。完全自動運転(FSD)でも使われていますし、人型ロボット、オプティマス君もAIで動いています。登壇者のプレゼンはAI Day 2から大きく内容が変わっていなかったので、ここは割愛しますが、AIの開発なくして「年2000万台」というゴールは達成しえません。

充電設備についても、他社のソリューションよりコスト効率も高く、最近ではNACS(北米充電標準)を名乗ったり、世界各地で他社EVにスーパーチャージャーの充電インフラを開放したりしています。日本の充電インフラはちょうどCHAdeMOの高出力版(150kW)が出たり、高速道路SAPAに4〜8台程度が同時に充電できる設備も展開され始めましたが、コスト面や設置の速さ、ユーザー体験、稼働率(故障で使えない期間)などで大きく遅れを取っています。

一点、充電のセクションで気になったのが、こちらの写真です。右のガレージをアップにすると、モデルSの下に無線充電パッドのようなものが見えます。無線と聞くと効率が悪いのではないかと思う方もいますが、最近のものはエネルギー効率が90~93%もあり、ケーブルによる充電と遜色ありません。出力はまだ12kW前後ですが、自宅だけでなく街のあちこちに充電パッドを敷設できれば、航続距離の心配をする必要がなくなり、車に搭載するバッテリーの量も減らすことができて、ますます多くのEVを生産できるようになります。

サプライチェーンのパートでは、テスラがサプライヤーの所に社員を送り込んで、製造ラインの新規立ち上げをサポートすると言っています。ガソリン車だとサプライヤーも知見が溜まっていてそんなサポートが必要ないのですが、EVの場合は全く新たな部品を作るため、このような活動を行っています。サプライヤーとしてもテスラのものづくりを学べるし、ラインが早く完成したらそれだけ利益にもつながるのでWin-Winです。

その効果を示しているのが、こちらのスライドです。サプライヤーと協力して徹底的にファクトリーオートメーションを行い、省人化したことで100人必要だったプロセスを1人で行えるようにしています(しかも歩留まりアップ)。省人化によって、世界的に自動車業界に就職する若者が減っている状況でも増産が可能になります。

次のパートは工場についてです。次期CEOとも噂されていたTom Zhu (朱曉彤)が舞台に立ち、中国のすいか畑が9ヶ月半で工場になり、顧客の1号納車は12ヶ月後に始まったと振り返ります。そしてスペースXで学んだ改善サイクルや5Gネットワークの導入など、さらに効率化を突き詰め、次に建設予定のギガメキシコに適用されるでしょう。

工場の中には4680規格のバッテリーを製造する設備があり、2021年に発表されたパイロット施設と比べて生産能力が20倍高められているそうです。

トヨタを含め既存メーカーがよく「EVの需要を満たすだけのバッテリーがない」と言いますが、テスラではリチウム採掘やバッテリーの正極材の工場をギガ上海工場のように10ヶ月未満で立ち上げて不足分は自ら作り出す姿勢を取っています。

最後のパートはメガパックなどの定置型バッテリーについてです。Semiなどもそうですが、こちらは主にB2Bの商品のため、少しでも安く高性能なものが売れます。コストにシビアな業界だからこそテスラのコスパのよさに経営者たちも気づき始めており、需要が指数関数的に伸びるフェーズに入ったと見られます。定置型バッテリー部門は、年間供給能力1TWhの次世代工場の建設予定を決めたとのこと。
現場での定置型バッテリーの設置時間も4年で4分の1に短縮され、なるべく工事を減らしてポン置きできるように設計されています。

上のグラフを見ると、2023年にパワーウォールおよびメガパックと思われる商品が描かれています。今のパワーウォールは本体だけで100万円するので、もう少しお手頃で大容量になることを祈っています。普及率が上がれば地域のパワーウォール設置住宅が仮想発電所(VPP)を形成することができます。

下図はテスラがテキサス州で7月から提供する「夜間充電し放題プラン(月額30ドル」という羨ましいサービスです。テキサスでは夜間に風力発電所で作られた電力の行き先がないため、EVに避難させています。今後は定置型バッテリーに貯めておき、日中にそれを放出することで、火力発電への依存度を下げられるようになります。

第2部は非常に長かったのですが、どのセクションでも年間販売台数2000万台を達成するためにイノベーションしていることがわかります。また、高額な車を2000万台も売ることはできないので、性能を落とさずにコストを下げようとしている点も重要です。

車両価格は安くなればなるほど、指数関数的に購入できるユーザーが増えます。現在、アメリカで最安のテスラは$43,000ドルですが、これを新車で買えるのは国民の2割程度です(赤い線)。もしModel 2が$25,000だとすれば、7割の方が手の届くことになります(緑の線)。同じ車種ばかり何百万台も売れるわけがないという意見もありますが、イーロン・マスクはスマホにそれほどバリエーションがないことを引き合いに出し、テスラは10車種ぐらいしか出さないだろうし、それで十分だと回答しています。

出典:ARK Invest

第3部/再エネシフトによるテスラのメリット

第3部は、テスラに優秀な人材が集まってくるという話から始まります。アメリカは雇用の流動性が高く、特に若い世代は会社につなぎとめておくのが難しいのです。優秀な社員の努力により、2021年は840万トンの温室効果ガスを削減(170万台のエンジン車の排ガスに相当)。工場でも水資源の利用を減らし、ゴミを減らし、再エネを利用するようにしています。

炭素会計の報告はTCFD宣言(気候関連財務情報開示タスクフォース)に基づいて行われます。あまり踏み込んで説明はされませんでしたが、炭素会計というと、特に中小企業のサプライヤー(町工場のオッチャン)は難しくて手がつけられないものですが、きっとテスラのサプライヤーはその辺のサポートも手厚いのだと推測します。

大トリを務めるのが最高財務責任者(CFO)のザック・カークホーンです。「秘密のマスタープラン3」の真髄は品質を落とさずコストを下げることだと言います。100年かけてコスト効率を突き詰めたエンジン車と同等の価格でEVを売るには、あらゆる分野で少しずつ改善を積み重ねるしかありません。
モデルS/Xのコストを半分に切り詰めたことで、モデル3/Yの販売台数は約20倍に増えました。下図のように、次期モデルは更に半分のコストに下げることで、販売台数を爆発的に増加させると見込まれます。

トヨタカローラと比較して、モデル3/Yは乗り出し価格こそ倍ほどしますが、これまで私は税制優遇や燃料代、メンテ代など総合して考えると同格のガソリン車と変わらないと訴え続けてきました。下図は正しくその話で、5年間の総コストをみるとモデル3 RWDはカローラより経済的なのです(アメリカでの試算)。次期モデルになるとカローラの3分の2ほどになり、いよいよ特段の理由でもない限りガソリン車を選ぶ理由がなくなることを示唆しています。

車両価格は生産側だけでなく、運営コストの削減も貢献しています。テスラ・オペレーティング・システムという独自のソフトウェアを作り上げ、例えば人事部向けの雇用管理ソフトも最近サードパーティ製から内製に切り替えたようです。複数の他社ソフトをカスタマイズ・統合して使うより、全て自社製にして必要のない機能を削除し、追加機能が欲しければ社内の業務アプリチームに相談して実装してもらうほうが素早く変化できるので、いかにもシリコンバレーのベンチャー企業らしい決断だと思います。

財務の観点から話をまとめると、下図のようなステップ(左から順に)になります。

① どんどんイノベーションをしてコストと効率を高める
② 車両の価格を下げる
③ その利益で、これまでにないスケールアップをする
④ 世界を再エネにシフトする

ということですね。応援したくなるビジョンです。

マスタープラン2でも「ロードスターを売ったお金でモデルSを作る。それを売ったお金でモデル3を作る」というくだりがありましたが、マスタープラン3はその続きの「モデル3を売ったお金で次期モデルを作る、そして世界の再エネシフトを加速させる」と進化しました。

2023 Investor Day(YouTube)

次の最終回では、Q&Aセッション、そしてEVsmartブログで恒例のトリビア情報をまとめます。

文/池田 篤史
※記事中の画像はTeslaのPDF資料やアーカイブ動画から引用。

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この記事の著者


					池田 篤史

池田 篤史

1976年大阪生まれ。0歳で渡米。以後、日米を行ったり来たりしながら大学卒業後、自動車業界を経て2002年に翻訳家に転身。国内外の自動車メーカーやサプライヤーの通訳・翻訳を手掛ける。2016年にテスラを購入以来、ブログやYouTubeなどでEVの普及活動を始める。

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