【集合住宅EV用充電設備事例】平面駐車場全区画で充電可能~既設分譲マンションに後付け

電気自動車(EV)普及の重要なポイントでもある集合住宅への充電器設置について、具体的なノウハウを知る事例レポート。今回は広島市にあるマンション駐車場に「全区画充電可能」な形で設置する「現在進行中」の事例をご紹介します。

【集合住宅EV用充電設備事例】平面駐車場全区画で充電可能~既設分譲マンションに後付け

※冒頭写真はイメージです。
※レポート後編【その2】はこちら

ほぼ10年がかりで補助金申請の段階まで到達

現在進行中というのは、詳しく言うと「2022(令和4)年9月締め切りの国の補助金を受けるのに『手を挙げる』ところまで決まった」段階だ、ということです。

EVsmartブログでは、設置事例のレポートに注力しており、設備の概要、導入の経緯、運用方法(課金など)について、共通したポイントを整理してお届けしています。この記事末にシリーズ記事のリンクを貼っておきますのでご参照ください。また「自宅充電・マンション充電」でサイト内検索すると、アーカイブ記事を参照いただけます。

さて、今回もEVsmartブログの充電設備設置事例レポート企画共通のポイントは抑えつつ、当記事では紹介する設備の内容を紹介します。また、次回予定している記事で「設置まで10年以上してきた苦労の過程」もまとめてみますので参考にしてください。

充電設備の概要/85台分の駐車区画全てで充電可能

今回の事例は「85台分ある駐車区画の全てで充電できる」という特徴があります。とは言っても充電器を85基付けるわけではありません。それではコストが掛かりますし、現状は全戸がEVやPHVを持っていないので、過剰な設備になってしまいます。しかし、「全ての住民が公平に恩恵に浴せる余地を担保する」という考えで「駐車区画2~3台ごとに1基」、「合計で32基の充電用コンセントを設置する」案を提示しました。なお、この物件の駐車場はいわゆる「自走式」です。

この図面は、実際の計画図をもとに、編集部で作成したものです。

充電用の電気は新規で追加契約して供給するため、「マンション共有部」の電気代とは完全に分離される仕掛けです。

しかし充電用に契約電力を1回線確保したとしても、その上限は低圧受電容量最大となる「49kW」とするため、「同時に充電できるのは13台」が限界です。仮に、50kW以上の大容量の電力を引き込むには、いわゆるキュービクルなどの受電設備と、管理者を任命することなどが必要となり、設置コスト、維持コストともに跳ね上がります。

このように電力容量には限りがあるため、ユアスタンドのソリューションによって、以下のような運用方法を定めました。

①利用者は使いたい時間をスマートフォンの専用アプリで事前に予約する。
②専用の「制御機(デマンドコントローラー)」を使ってブレーカーが落ちないように調整する。

今回のシステムでは、予約・支払いアプリに加え、このデマンドコントローラーがキモだと言えます。そして、最大の特徴は「首都圏以外の集合住宅で、後付けで、青空駐車区画も含めた全区画で充電可能な設備をつける」という点では、全国各地の集合住宅への設置経験が豊富なユアスタンドでも初の事例となるそうです。

ユアスタンドが設置した充電設備の一例。

導入の契機/集合住宅にも基礎充電環境が不可欠

今回の物件で、管理組合の傘下に「駐車場充電検討委員会」を作ることになり、その中心になったのが、この記事の共同執筆者でもある藤井智康さんです。

藤井さんは自身のブログ「デロリアンEV化計画」から生まれたプロジェクトをきっかけに、仲間と2009年にEVを自作(エンジン車を電気自動車に改造してナンバーを取得)。結果として、マンション暮らしなのに「充電が必要なクルマ」を所有することになってしまいました。集合住宅でも、EVを便利に活用するためには「基礎充電」が不可欠です。

EVデロリアン

充電器設置までの経緯を、以下、藤井さんにレポートしていただきました。

【藤井さんによる設置実現までの経緯レポート】

最初の頃、マンション管理組合に「使用した分の電気代を払うので100Vのコンセントを付けさせてほしい」とお願いしたところ、「公共スペースに個人のものを付けるのはいかがなものか」「電気代の徴収が難しい」との理由で却下されました。

それならば「来客用駐車場(2台分ある)に200Vの普通充電器を設置して、住民みんなが充電できるようにできないか」という提案もしてみました。すると今度は「EV充電用に長時間使われたら、来客用駐車場の本来の役割が果たせない」という理由で形になりませんでした。

自作のEVは知人宅の駐車場を借りて保管していますが、たまに自宅に乗って帰っても基礎充電できないので、不便さは常々感じていました。

それからも、毎年6月に開かれるマンション管理組合の総会の場で、全てのマンション住民がEVやプラグインハイブリッド(PHEV)を導入しやすくする普通充電器の導入を要望し続けてきました。理事会側もこれまで3回アンケートを実施。最初の2014年、2回目の2019年の時は、賛同を得られるまでには行きませんでした。充電設備設置費用も高額で、EVやPHEVといったプラグイン車も高価だったので、広島では早過ぎたのかもしれません。

それでも世界の情勢を見ていたら、マイカーの電動化が進む一方、日本の集合住宅では基礎充電環境を構築するのが難しい点が社会問題化するだろうと思っていました。そこで、2020年3月に駐車場充電検討委員会を作り、情報をコツコツと集めてきました。

そんな折、21年11月に令和3年度補正予算で集合住宅の充電インフラ整備のための補助金が閣議決定。内容を調べてみたら「こんなに優遇してくれる補助金、見たことない」と驚く内容でした。ザクっというと、工事費・人件費は全額、充電器(今回の場合は200Vコンセントと、壁がない場所に取り付けるポール)の半額が補助金として出るというのです。これなら、住民の皆さんにも納得してもらえるプランが作れると確信し、当時の理事会に提案しました。

その時の理事長は、提案に理解を示してくれましたが、導入の条件として「全住民が等しく使える設備であること。一部に先行設置するやり方は、後でトラブルになる可能性があるので避けたい」という要望を示されました。

そこで、充電サービスと電設工事を請け負ってくださるユアスタンドさんに相談したところ、同社のシステムを使えば1つの充電器を複数の人で使えるので、85台全てに充電環境を提供することが可能なシステムの構築が可能になりました。

費用負担は1区画当たり2万円以下に

集合住宅の充電設備を拡充しようと国も動いていますが、なかなか設置が進まないのが実情です。そこで国は今回、思い切った補助金を出す決断をしました。2021(R3)年度末のことです。

この物件では、普通充電器コンセントと工事費の合計1,141万円のうち、なんと約1,000万円ほどが補助金でカバーできてしまいます。管理組合が負担する分を月々の駐車場収入総額で換算したら、わずか「1.5カ月分」で賄えます。1世帯で考えると2万円以下です。この負担分は、駐車場でEVやPHVの充電ができるマンションとしての資産価値の上昇で十分相殺できるだけでなく、大きな投資対効果が得られます。つまり充電器を使う使わないに関わらず、全ての住民にメリットがあるプランができました。

この案を掲げて提案中に、6月の総会で理事会メンバーが交代。3回目のアンケートを取ることになり、その結果初めて、過半数から賛同を得ることができました。住民の意識の変化を感じました。

利用料金と運用方法

利用料金は市井の充電器(eMPのもの)と同様「時間課金」で算定します。「1時間あたり110~150円」を想定していますが、電気コストの変動が価格に反映するため、今のところはまだ決まっていません。充電にはAC200Vで15A、つまり最大出力「3kW」の仕様となります。

ユアスタンドが設置した課金ソリューションを備えた充電スタンドの事例(神奈川県横須賀市)は、EVsmartブログでさまざまなレポートをお届けしています。

ユアスタンドのソリューションを活用するには月額料金が必要ですが、住民のうち充電サービスを受ける人が「月550円の基本利用料」を負担することで賄います。都度の充電料は「充電利用者が登録したカード」から引き落とされるので、充電にかかる電気代などのコストは完全に受益者負担で、まだ充電できるクルマを持っていない人、充電器を利用しない人に負担はありません。また充電設備専用の線を新たに引き込むので、マンション全体の電気容量には全く影響を与えません。このあたりは住民の皆さんの理解を頂き、安心してもらえる点で重要な配慮です。

(藤井さんのレポートここまで)

今後の動きと課題

今回、このマンションが「半年間」しかない申請期間に間に合った背景には、かなり早い段階からマンション駐車場に充電器を設置する必要性について訴え続け、アンケートを実施してきた実績があります。中には住民から「まだ諦めてなかったのか」と指摘される事もありましたが、やりとりを続けている間に世間の情勢が変化し、今年のアンケート結果に繋がったという感じです。

全く何も無いところから議論を始めていたら、半年の間に住民の意見をまとめて申請することは至難の業だったことでしょう。まだ申請の結果はわかりませんが、全国のマンションで実際に申請までたどり着けた数はそれほど多くないのでは、と筆者たちは予想しています。一方で「充電器が納品できず付けられる見込みが低いけど、とりあえず申請だけは出しておく」組合が結構いるとの情報もあります。

ところで藤井さんとは?

さて、今回事案のキーパーソンであり経緯をレポートしてくれた藤井さん。EV歴が長い読者のなかには、藤井智康さんと聞いてピンときた方もいらっしゃるのではないでしょうか。冒頭にも説明した通り、映画「バック・トゥー・ザ・フューチャー」に、タイムマシンとして登場する「デロリアン」を電気自動車に改造するプロジェクトを個人で立ち上げ、完成させた後も、さまざまな発信を続けている方です。「日本EVクラブ広島支部代表」でもあります。

EVデロリアンは改造当初からリチウム電池を搭載。進化を続けて現在は第3世代で、AC100/200Vだけでなく、CHAdeMO規格のDC急速充電も可能になっている。またV2X機能搭載で、MiEV Power BOX経由で災害時やイベントでの給電もできる。

このEVデロリアン、2021年8月にBS日テレ「おぎやはぎの『愛車遍歴』」にも登場したので、そちらでご覧になった方もいらっしゃることでしょう。ロックバンド「GLAY」のギタリスト「HISASHI」さんの大好きなクルマとして「デロリアン」が登場した回です。

つまり今回の充電器設置が実現すれば、EVデロリアンがこのマンションの未来を少し切り拓いた! と評することもできます。

次回予告

次回は、設置された充電設備の紹介(補助金承認されることを前提として)とともに、「充電器設置を補助する国の事業に『手を挙げる』にたどり着くまでに行ってきた様々な働きかけや、啓蒙活動、区分所有者の意見を聞く数度にわたる住民アンケートなど、ここに至る「戦略」を、時間の経過とともに細かくお伝えします。

2023(R5)年度も同様な補助金を国が出してくれるかはまだ不透明ですが、来年に向けて、皆さんが集合住宅に充電器をつけるための戦略を練るときの参考にしていただけると光栄です。

【集合住宅EV用充電設備事例】今までの記事一覧

(取材・文/箱守知己、藤井智康)

この記事のコメント(新着順)5件

  1. これまでも小規模な低層住宅においては、全区画設置というのはたくさん実績がありましたが、今年に入ってさらに導入が増えてきていますし、このマンションのようにより規模も大きくなってきました。
    ご質問の点については、
    ①基本料金はユアスタンドが負担しますので、管理組合は負担がありません。
    ②工事の費用は物件によって違うので単純な比較は難しいですが、弊社の特徴は工事も含めて自社で内製化している部分が多いため、比較的低価格になっていると思います。
    ③これまで先行して全区画で導入してきた物件からデータが集まっていて、1台EVが増えるごとにどのくらい充電時間が増えるか、曜日・時間ごとの稼働データが取れていて、13台同時充電で40台のEVであれば全く問題ないです。たしかに日曜日は混雑して利用できない可能性もありますが、それでもユアスタンドのアプリは自動で空いている時間に予約をセットでき、輪番で充電できるので、プラグをつないでおけば充電されます。
    ④場所によっては、車を50cm~1m前に出しておくだけでできますが、殆どの場合は、お車の移動に協力をお願いしています。

    1. 浦さん、お世話になってます。早速の回答、ありがとうございます。

  2. ついにマンションの全区画で充電できる事例ができたのですね!既築マンションでもこのような事例が増えることが望ましいですね、どうしても一部の受益者だけでは管理組合が承認してくれませんから。。
    本記事で何点か気になるところがあり、ご質問させてください!
    ①新たに引き込んだ電気代の基本料金は管理組合負担でしょうか?ユアスタンド社のアプリによりEV保有者が負担する仕組みになっているのでしょうか?
    ②私の住むマンションでは同じように電源を新たに引き込む提案(自走式)でコンセント5台で約500万円の見積もりをもらいましたが、今回の事例が30台以上の設置で約1100万円と破格にも感じる安さをしていると感じました!同時に充電できる台数を減らすことで電源設備の費用が安くなっていることは理解できますが、それ以外にも安くなっている要因はあるのでしょうか?
    ③13/85台が同時充電できる形となりますが、例えばEVが40台導入されたときにストレスなく基礎充電できるといったシミュレーションはされているのでしょうか?前の利用者が予約時間を過ぎてもコンセントに刺しっぱなしといった事態が生じうると思うので、充電器の運用の回転率を上げる工夫がアプリ側や管理組合側で検討している等あれば、ぜひ参考にしたいと思います!

    以上です!都でもEV充電インフラ普及の動きが活発になっている中、素晴らしいニュースと思います。ユアスタンド社はこれからも先頭で頑張ってください!

    1. 追加の質問です!上で書き忘れました。。
      ④工期や工事中の車両移動も大きな課題だったのではないかと思います。最低限の移動をお願いして工事したのではないかと思いますが、この辺の工夫もご教授頂けると大変参考になります!

      ④は今の私のマンションでも懸念になっており、(「全区画充電したいけど移動が難しいよね、、」と。)いいアイディアがあればと思っております。よろしくお願いいたします。

    2. Yossie-EV様、
      コメントありがとうございます。Yourstand社の浦さんから回答が来ました。ご覧下さい。追加質問も後ほど回答を頂けると思います。

      基礎充電は集合住宅でも必須ですよね。賃貸マンションやいわゆるアパート、(今は死語かな)社宅などにも、付いてるのが当たり前にさせたいものです。

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この記事の著者


					箱守 知己

箱守 知己

1961年生まれ。青山学院大学、東京学芸大学大学院教育学研究科、アメリカ・ワシントン大学(文科省派遣)。職歴は、団体職員(日本放送協会、独立行政法人国立大学)、地方公務員(東京都)、国家公務員(文部教官)、大学非常勤講師、私学常勤・非常勤講師、一般社団法人「電動車輌推進サポート協会(EVSA:Electric Vehicle Support Association)」理事。EVOC(EVオーナーズクラブ)副代表。一般社団法人「CHAdeMO協議会」広報ディレクター。 電気自動車以外の分野では、高等学校検定教科書執筆、大修館書店「英語教育ハンドブック(高校編)」、旺文社「傾向と対策〜国立大学リスニング」・「国立大学二次試験&私立大学リスニング」ほか。

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