「モデル3RWD」本日の価格は531万3000円
世界のベストセラーEV車種のひとつとして売れ続けているテスラ『モデル3』を、久しぶりにじっくり試乗する機会がありました。2023年の秋には2017年に発売されて以来初めてとなる大幅なアップデート(関連記事)。今までの自動車の常識なら「フルモデルチェンジ」と宣伝されるレベルの進化なのに、IT機器のような「アップデート」という言葉でさらりと紹介されるのもテスラらしい革新的なところです。
モデル3には「RWD」、「ロングレンジ(AWD)」、「パフォーマンス(AWD)」と3グレードがラインナップされています。今回試乗したのは航続距離573km(WLTCモード/国土交通省審査値)のRWD。テスラの電気自動車として、今のところ最もベーシックなモデルです。公式サイトで確認すると、本日(10月20日)の価格は531万3000円(税込)。試乗車は「オートレーンチェンジ」や「ナビゲート オン オートパイロット」といった機能が提供される「エンハンスト オートパイロット」(43万6000円)を搭載していたので、公式サイトのコンフィギュレーターに表示される購入価格は584万9000円でした。
アップデート前のモデル3では何度か長距離試乗レポートなどをお届けしていますが新型のじっくり試乗は私も初めて。液晶画面(など)で操作する「スマートシフト」やステアリングのボタンで操作するウインカーなどの使い勝手を実感しつつ。乗り味がどうしたとか、充電がぁ! みたいな話も今さらな感じだし。というわけで、今回の試乗では「東京起点の休日ドライブ」を想定して、群馬県高崎市の「道の駅 玉村宿」にある高崎スーパーチャージャーまでの片道100kmを往復するコースを設定。EV普及後進国となってしまった日本で根強い「EVへの不安」のポイントを再確認しつつ考察してみることにしました。
日本で根強いEVへの不安とは?
EVへの不安についてのアンケート結果を紹介する類いのネット記事は山ほどあります。さて、何を引用するかなとGoogleに「EV 不安 理由」と検索クエリを入力してみると。生成AIがポイントをまとめてくれたトピックがありました。箇条書きに整理されていたポイントは以下の6項目です。
●航続距離への不安
●充電インフラの不足
●充電に時間がかかる
●車体価格
●車種が少ない
●バッテリーの寿命と交換代
順番に考えていきましょう。
●航続距離への不安
RWDはモデル3の中でも搭載する駆動用バッテリー容量が最も小さい(正式には非公表ですが約54kWh)モデルです。前日に試乗車を借りてきて、うっかり前夜の普通充電をし忘れていたため、スタート時のSOC(バッテリー残量)は70%。ナビの目的地を自宅から約100kmの高崎スーパーチャージャーにセットして。ディスプレイに表示された残量予想グラフがこの写真です。ちなみに、テスラ車の特長ともいえるこの残量予想グラフ。法定速度を無視した高速巡航とかしない限りは、びっくりするくらい正確です。
「43.1%」残して到着できるとの表示。100km走るために消費するのは「26.9%」なので、無充電で往復することも可能です。残量70%で高崎あたりまで無充電往復できる航続距離があれば、月イチ程度の日帰りゴルフへ行く機会が多いといった方にとっても「問題なし」と言えるでしょう。
マイカーである48.6kWhのKONAでの長距離レポートもしばしば紹介してきましたが、おおむね40kWh程度以上のバッテリーがあれば、普通の人の普通のドライブにおいて「航続距離への不安」は「ほとんどない」と言っていいレベルです。EVの航続距離を伸ばすのは、バッテリーをいっぱい積めばいいだけのこと。航続距離への不安を感じる人が多いのは、24kWhの初代リーフあたりを基準にした時代遅れの幻想に囚われているだけ、といえます。
●充電インフラの不足
EVsmartで東京から高崎あたりの急速充電スポット(テスラスーパーチャージャーを含む)を表示した地図画面です。
関西あたりまで範囲を拡げて、テスラスーパーチャージャーだけを表示した画面がこちら。つまり、EV用の急速充電インフラは、もうすでにたくさんあることがわかります。
EV普及への懐疑を示すアンケート記事などで「充電スポットが少ない」といった意見を目にすることが今でもしばしばありますが、そういう方はEVに興味がなくて充電器の存在を見過ごしていて、現実を知らないだけのこと。EVへの理解レベルを少し上げると「高出力器複数口設置の拡充を」とか「集合住宅などの基礎充電設備拡充を」といったさらに改善すべき点はありますが、単純に充電インフラの「数」への不安を語るのは、航続距離と同様に「時代遅れの幻想に囚われているだけ」といえます。
●充電に時間がかかる
試乗したモデル3をテスラに返却する直前、日比谷のスーパーチャージャーでちょこっと充電した際のディスプレイです。SOCは77%と高くなっているものの、78kWの高出力、1時間で553km分の充電ができていることがわかります。
これはもちろんスーパーチャージャーという優れた充電ネットワークの恩恵ですが、高速道路SAPAなどのチャデモ充電インフラでも、急速に高出力複数口化が進んでいて、充電待ちのリスクも小さくなりつつあるところです。
そもそも「充電に時間がかかる」という不安には、「エンジン車の給油と比べて」という前提があります。でも、EVをエンジン車とまったく同じように使おうと考えるのが間違っています。EVの充電は宿泊や休憩など「停まっている時間にすればいい」ことをきちんと理解しなければいけません。
●車体価格
テスラ公式サイトのコンフィギュレーター画面です。価格は584万9000円。ま、大衆的な自動車の値段ではないですね。
エンハンストオートパイロット抜きのベース価格では、531万3000円(RWD)〜725万9000円(パフォーマンス)。トヨタのラインナップと対照すると、クラウンスポーツ(590万円〜765万円)とか、スープラ(499万5000円〜731万3000円)あたりと同等の価格帯であることがわかります。
私が買ったヒョンデKONA(399万3000円〜)や、BYDドルフィン(363万円〜)のように、少し大衆的な価格のEV車種が登場してきてはいるものの、国産メーカーの軽EVは軽自動車としてはやっぱり高価だったりもして。今のところ日本で新車のEVを選ぶには「少し高価でもEVがいい」といったモチベーションや、エンジン車であってもクラウンやスープラレベルの選ぶ経済力が必要であることは確かでしょう。
●車種が少ない
車体価格にも関係する「不安」ですね。私自身、日本のEV普及が遅れている最大の要因は「欲しくて買えるEVがない」ことだと思っています。
車両価格の底辺を拡げ、車種バリエーションを増やす点では、先だってデリバリー開始されたホンダのN-VAN e:(バッテリー容量約30kWhで約270万円〜)にはとても期待しています。とはいえ、まだまだ選択肢は足りません。EVが「普及」するには、一時期日本におけるEVの新車販売台数シェアを引き上げた日産サクラのような「ヒット車種」がズラリと並んでいかなければいけません。
前述のように、航続距離を伸ばすにはバッテリーをいっぱい積めばいいだけですが、そうすると車両価格は高くなります。日本の自動車メーカーには、40〜50kWhの適切なバッテリー容量と価格設定で「これでいいでしょ!」と提言するような意欲的なEV車種をぶちかましてくれることを期待しています。
●バッテリーの寿命と交換代
これって、たとえばエンジン車でもエンジンが壊れると莫大な修理費が掛かるわけで、EVだからどうこうって話でもなく、一概に論じるのは難しいところなのですが。
「バッテリーの寿命」という不安にはバッテリーの温度管理システムをもたなかった日産リーフのネガティブな評判が影響していると思われますが、最近のEV車種はバッテリー温度管理システムを備えるのが当然になっているので、初代リーフほどのバッテリー劣化を心配する必要はなくなってきています。
各メーカー、とくにバッテリーには手篤い保証制度を用意していることので、そのあたりをきちんと理解して購入すれば問題ないでしょ? と、私は考えています。
一方で、今回試乗したモデル3では、おしなべて板金などの修理費が高く、車両保険が高いという課題があったりします。また、EV全般に数年後の下取り価格がエンジンの人気車種に比べて低くなりがちでもあります。
総合的なメリットを考えると購入を断念するまでの理由にはなりにくいとは思うものの、EV普及が遅れている日本ではこうしたリスクがあることは理解した上で、EVライフを選択する必要がありますね。
なにはともあれ、久しぶりに試乗したモデル3、大幅アップデートを果たした「ハイランド(開発コードネーム由来の新型のニックネーム)」は期待に違わぬ魅力的なEVでした。スマートシフトにはすぐ馴染むことができたし、ボタンウインカーにも、1日乗っただけでそれなりに慣れることができました。
チャデモの公共急速充電器をアダプターで使うと最大50kWに制限されるのはちょっと気になるところではありますが、最近のスーパーチャージャーネットワーク拡大の勢いは素晴らしく。クラウンやスープラを買えるような人から「EVのオススメ車種は?」と聞かれたら、「モデル3かモデルY」と答えるだろうな、という以前からの思いを再確認する試乗となったのでした。
改めて、「欲しくて買えるEV車種」が、日本のメーカーから続々と登場することを心待ちにしています。
取材・文/寄本 好則