スポーツカーの名門アストンマーチンも電動化へ〜2025年にBEVを発売

イギリスの高級スポーツカーメーカーであるアストンマーチンが、2025年に「ウルトラ・ラグジュアリー・ハイパフォーマンス電気自動車」を発売。2030年には「主要なラインナップを完全に電動化」する目標を発表しました。自動車評論家、御堀直嗣氏の解説です。

スポーツカーの名門アストンマーチンも電動化へ〜2025年にBEVを発売

ウルトラ・ラグジュアリー・ハイパフォーマンスEV!

アストンマーチンは、1913年(いまから100年前)に設立された英国の高性能スポーツカーメーカーだ。日本では一般的になじみが薄いかもしれないが、1922年に設立されたジャガーより古い歴史を持つ。英国の映画007で、主役のスパイ=ジェームズ・ボンドの愛車として何度も登場し、ボンドカーとして知られる存在でもある。

直近では、5月に最新のDB12を発表したばかりだ。排気量4リッターのツインターボチャージャー付ガソリンエンジンにより、最高出力は680馬力というGTカーである。これをアストンマーチンは、世界初のスーパーツアラーと形容する。

リリースに添えられていた電動化のイメージ画像。

このアストンマーチンが、ウルトラ・ラグジュアリー・ハイパフォーマンス電気自動車(EV)を開発していると公式発表した。発売は、2025年の予定とのことだ。

その前に、来年には、ミッドシップのプラグインハイブリッド(PHEV)スポーツカーであるValhalla(ヴァルハラ)を発売し、26年に電動パワートレーンの選択肢を新車に設定するとともに、30年には主要な製品を電動化するという。

Aston Martin Valhalla.

いまなお700馬力近いガソリンターボエンジン車を発表しながら、来年以降の7年間で一気に電動化を進める英国有数の高性能スポーツカーメーカー初のEV公式発表は、欧州でEV導入が急速に進んでいこうとする様子を改めて実感させる。

2030年といえば、国内ではレクサスがEVメーカーとして動き出す時期に重なる。トヨタは、原動機について全方位戦略を採るが、高級車ブランドであるレクサスのEV化は、米国を含め世界的に上級車種で広く進展していくことを物語るようでもある。

そもそも、英国の高級車として名高いロールス・ロイス(先日、ブランド初のBEVとなるスペクターを日本でもお披露目した)は、歴史的に静粛性に優れた乗り心地と、必要にして十分な加速性能を持つことを目指してきた自動車メーカーだ。その方向性は世界の高級車に通じるが、EVこそ、その目的を達成するうえで最適な動力であることを、読者はすでに承知のことだろう。

年間累計5万台を生産した軽自動車の日産サクラや三菱eKクロスEVさえ、もはや軽自動車という言葉から思い浮かべる過去の商品性ではなく、登録車のコンパクトカーさえ上回る上質さと快適さを備える軽EVに仕上がっている。

EVはあらゆる性能に優れるが、乗り味の向上は、2009年発売の三菱i-MiEVから、潜在能力を示してきた経緯がある。

ルシッドのパワートレーンを搭載予定

さて、アストンマーチンが今回公開したEVの計画を紹介しよう。

具体的な諸元の公表はまだないが、EV専用のモジュラープラットフォームを開発し、これに、ルシッド・グループによる電動パワートレーンを車載するとのことだ。駆動は4輪で行い、前後に一つずつ計2つのモーターを搭載し、無段階の4輪トルクベクタリングを採用する。そうした制御開発には、アストンマーチンが2021年から関わるF1の知見も活かされるとのことだ。加えて、アストンマーチンは、すでに提携関係にあるメルセデス・ベンツの電子技術も導入していくことになるようだ。

ルシッド・モータースは、テスラでモデルSの開発に携わったとされるピーター・ローリンソンが経営するEVメーカーである。また、会社案内にある商品担当かつチーフエンジニアを務めるエリック・バッハも、テスラでの経験を経て、その後ドイツのフォルクスワーゲン(VW)で働いてきた人物であるという。

テスラ自体は、ACプロパルジョンの知見が活かされてきたと伝えられる。1990年の米国カリフォルニア州によるZEV(ゼロ・エミッション・ヴィークル)法の施行以来、ACプロパルジョンを含め米国で積み上げられてきたEV技術が、今日のEVをいかに牽引しているかをうかがわせる背景といえる。

ACプロパルジョンは、アラン・ココーニという天才技術者が立ち上げた研究開発企業で、米国のGM(インパクト=EV1として市販)はもとより、ドイツのBMWやVWでさえ、現在の製品立ち上げの前にはACプロパルジョンの電気駆動系を使い、MINIやGolfの試作車で実証実験を進めてきた。

30年来のEV経験を通したルシッド・モータースの駆動系を採用するなら、また、テスラ モデルSの商品性や性能を知れば、アストンマーチンのEVがこれまでエンジン車で培ってきた高性能スポーツカーの名に恥じない性能や商品力を手に入れ得ることへの期待は高い。

EV開発への投資について、この先5年間で20億ポンド(1£=182円として3640億円)以上を先進テクノロジーのために予定しているという。これは、2022年の13億ポンドという同社の売上高を超える額だ。同じく英国のジャガー・ランドローバーによる150億ポンドという投資額に比べ少額にみえるが、多彩な車種を揃えるジャガー・ランドローバーに比べ、SUVが品揃えにあるとはいえ高性能スポーツカー主体のアストンマーチンにおいては、適切な額なのかもしれない。ちなみに、ポルシェがタイカン(開発時の車名はミッションE)の開発を発表した当時、投資額は10億ユーロ(約1340億円)と伝えられていた。

アストンマーチンの株主には、中国の浙江吉利控股集団有限公司(ジーリー・ホールディング・グループ)が加わっており、同社はドイツのメルセデス・ベンツやスウェーデンのボルボの株主でもある。コロナ禍でのゼロコロナ政策による景気後退は中国経済の将来へ不透明感をもたらしているが、ここまでのメルセデス・ベンツやボルボは、中国資本を後ろ盾としながら着実な前進と、EV化への道を歩んでいる。アストンマーチンもまた、財政面で確実な基盤を得られ、そこに、テスラなどの経験を活かした米国における電動化技術の知見を重ね合わせることで、いよいよEVへ参入という時期を迎えたようにみえる。

メルセデス・ベンツのEQSやEQS SUVなどをみれば、単にEVであればよいという段階をすでに超えている。EVスポーツカーでは、ポルシェのタイカンがある。そして、タイカンと基本技術を共有するアウディe-tron GTは、それぞれ別の乗り味をもたらしている。EVだからといって金太郎飴になるようなことがないことはすでに明らかだ。

英国の伝統的高性能スポーツカーメーカーであるアストンマーチンが、いかなるEVを売り出すのか。EV好きにとって、2年後の楽しみが一つ増えた。

文/御堀 直嗣

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					御堀 直嗣

御堀 直嗣

1955年生まれ65歳。一般社団法人日本EVクラブ理事。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。1984年からフリーランスライター。著書:「快走・電気自動車レーシング」「図解・エコフレンドリーカー」「電気自動車が加速する!」「電気自動車は日本を救う」「知らなきゃヤバイ・電気自動車は新たな市場をつくれるか」「よくわかる最新・電気自動車の基本と仕組み」「電気自動車の“なぜ”を科学する」など全29冊。

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