テスラの大規模蓄電池の成功がもたらした驚くべき結果

テスラがオーストラリアの南オーストラリア州に設置した大規模蓄電池は、現地の電気供給サービスのシェア55%を占めただけでなく、電気料金を90%も引き下げてしまいました。Australian Energy Weekでの発表をもとに、何が起こったかを紹介します。

テスラの大規模蓄電池の成功がもたらした驚くべき結果

 

クリーン・エネルギーとその関連技術、それらについてのさまざまな分析を行っているサイト”RenewEconomy.com.au”に5月11日に掲載されたSophie Vorrath、Giles Parkinson両氏の記事によると、オーストラリア初の実用規模の大規模蓄電池は、実際に稼働したところ、現地の経済に「衝撃」と言えるほどの大きな影響をもたらした、とのことです。これは、2018年5月8日から11日までオーストラリアのメルボルンで開かれた“Australian Energy Week(AEW)”のさなか、5月10日(木)にMcKinsey氏と事業協同者のGodart van Gendt氏が発表したデータによって明らかにされました。

AEWのなか、オーストラリアにおける再生可能エネルギーへの移行を支援する技術や戦略を話し合うパネルに現れたvan Gendt氏は以下のように述べました。「今回のデータから、大規模蓄電池はグリッド(電力供給網)の中で重要な役割を果たし得ると言えます。今回の大規模蓄電池の成功に関しては、『この種の施設では世界最大規模』という事実や、『驚くべき早さで建設され短期間で完成させてしまった』といった点にどうも関心が集まってしまっていますが、じつは『経済の面』でも関心を持っていただける事実がいくつもあるのです。市場データからいくつか成果をご紹介いたします。the Hornsdale Power Reserve(HPR:テスラによる大規模蓄電池の正式名称、Neoen社が所有し稼働させている)が運転を開始してからの4ヶ月で、地域の電力供給サービス(FCAS)の料金は90%も下がりました。いいですか、90パーセントですよ。そして、この100MWの蓄電池は、南オーストラリア州(SA州)の電力関連収益の55%以上を占めてしまいました。SA州の総電力量のわずか2%に過ぎない容量の蓄電池が、収益の55%を叩き出してしまったのです。最初の蓄電池だけでこれだけのシェアと収益を出してしまったので、次にお作りになる(2番目の)蓄電池は、成功するのはかなり大変も知れません。まずは幸運をお祈りしておきます。」このvan Gendt氏のプレゼンの中ですでに使われている語句についてですが、オーストラリアの電気供給サービスはその付帯サービスを含めて”Frequency Control Ancillary Service(略称FCAS)”と呼ばれています。

テスラが豪州南オーストラリア州に設置した大規模蓄電池の機器
テスラが豪州南オーストラリア州に設置した大規模蓄電池の機器

蓄電池施設としては大規模ですが、地域のグリッドから考えればその容量はごく小さいため、当初はその効果を疑問視する声が(揶揄する声すら)少なくありませんでした。しかし蓋を開けてみると、この施設は電力市場に衝撃を与えるに充分なものだと分かりました。これは、9千万オーストラリア・ドル(1ドル(AUD)=83円ほどなので、日本円に換算するとおよそ74億2千万円)を投資した南オーストラリア政府にとっては朗報でした。と言うのも、ここ数ヶ月間で電力料金(FCAS価格)が安くなったのはSA州だけでしたから。このように、ガス・カルテルが膨らませた電力価格の「上昇バブル」をテスラの大規模蓄電池が見事に潰してみせた事実が明らかにしてしまったのは、グリッドの総容量に対してごく小さな容量の蓄電池でさえ、すぐに応用可能な新技術と組み合わされれば、電力市場の諸問題を解決して市場力学を大きく変えてしまう能力・可能性を持っている、という現実でした。

HPRの2018年1~3月の平均的日常充放電を示したグラフ。上側は放電(グリッドへ売電)で、下側は充電(グリッドから買電)をそれぞれ示す。赤い線は電力価格を示し、上に行くほど高値。
HPRの2018年1~3月の平均的日常充放電を示したグラフ。上側は放電(グリッドへ売電)で、下側は充電(グリッドから買電)をそれぞれ示す。赤い線は電力価格を示し、上に行くほど高値。

このチャートは、同じサイト”RenewEconomy.com.au”に5月23日に掲載された別の記事の中のものですが、これはHPR(Hornsdale Power Reserve、=テスラの大規模蓄電池)の「Q1(1月から3月までの期間で夏に相当)」の平均的な1日のデータを示しています。チャート左下のLoadと書いてある塊はHPRが充電(電力を購入)した量、右上のGenerationの塊が放電(電力を売却)した量を示しています。上の「赤い線」はMWh当たりの電力単価を表していて、午後遅い時間のピークでは400AUD/MWh(33.2円/kWh)にも達しています。つまり、普段の4倍近い高値になっている時間帯に、安い時間帯に買って(現時点では併設の風力発電機からの再生可能エネルギーを利用)貯めておいた電気を効率よく売った、ということになります。2016年の暴風雨による大規模停電で大きな混乱をきたしたSA州がHPRの風力発電所に隣接して大規模蓄電池を設置した当初の目的は、再生可能エネルギーによる発電を増やす中で「グリッドを安定させる」ことでした。連邦政府などからはSA州の再生可能エネルギー導入が大規模停電の大きな要因だった、と批判する動きも少なくありませんでした。(石炭などを大量に算出する豪州ならではのしがらみもあるのでしょう。)ところが蓋を開けてみたら、大規模蓄電池は「かなり儲かってしまった」のでした。

じつは、テスラの今回の大規模蓄電池は、これ以上のことをしてしまったようです。それは、電力市場のマーケット・オペレーターと投資家がグリッドをどう考えるかを劇的に変化させ、彼らの資産価値が正当に評価されるように法整備が行われるような方向に、電力とその関連経済を向けてしまったようです。

ガスと電気の供給を統括する「オーストラリア・エネルギー市場オペレーター(AEMO)」は、大規模蓄電池の能力を高く評価しています。これまでのどのタイプの発電施設よりも、はるかに「迅速」に、かつ「正確」に電力を供給できるからです。現在はグリッドが大規模停電に陥るのを回避するための「第一防衛線」として大規模蓄電池は用いられているに過ぎませんが、この迅速な給電能力をきちんと評価する「新たな法(新しいルール)」の整備も必要であるとAEMOは考えています。

van Gendt氏の指摘の通り、新しいルールと、給電の迅速さと正確さ重きを置く市場は、今後数ヶ月から数年の間にグリッドに接続される予定のいくつもの電力関連施設にとっては、無視できないものとなることでしょう。直近では、SA州のWattle Point風力発電所(2018年6月中に接続予定)とLincoln Gap風力発電所、それにヴィクトリア州で進められている3つの別のプロジェクトがそうした対象になるでしょう。

テスラの電気エネルギー部門の地域担当マネージャーLara Olsen氏は、AEWの中でさらに以下のように述べています。テスラの大規模蓄電池がSA州のグリッドに貢献した事実はさらに、電力関連市場における従来の「入札」慣習に対する衝撃としてとらえることもできる、というのです。

これは主に火力発電所を意識した発言でしょう。火力では「燃料コスト(fuel cost)」と「運転と維持管理のコスト(O&Mコスト: operation and maintenance cost)」が市場の入札を決定づけます。ところが再生可能エネルギーではそもそも燃料コストがありませんし、O&Mコストも非常に安く済みます。また、蓄電池の劣化はゆっくりと時間をかけて進みます。そうなると、入札に関しては、「チャンスがあるかどうか(opportunity cost)」だけの問題となることでしょう。「今から5分の間に10MWを入札すると(10MWをグリッドに売ると)、高値が得られるかな?」や、「今は『待ち』で、1時間後に入札するとより高値が得られるかな?」と言った具合です。

グリッドに「電気を売る(放電する:discharge)」だけでなく、グリッドから「電気を買う(充電する:charge)」ことに関しても、同様のことが言えます。「今は(大規模蓄電池に)充電するのは待っておいて、たとえ再生可能エネルギーによる電気を買えない時間帯だとしても、より電気が安くなるのを待つべきだろうか?」といったことが起こることでしょう。

大規模蓄電池が電気をグリッドに供給することは「放電(discharge)」だけでなく「発電(generate)」ととらえることができます。逆に、グリッドから電気を受けることは「充電(charge)」だけでなく「貯める(load)」行為とも考えられます。こうした観点から、大規模蓄電池は「発電施設」と「蓄電施設」という2つのとらえ方で把握する、つまり別の施設として登録するようなことも必要になってくるかも知れません。

こうした「多用途性(versatility)」が、放充電の迅速性と相俟って、従来の発電所よりはるかに多くの入札を可能にすることでしょう。テスラの指摘するように、従来の発電所運営会社が燃料価格の市場動向を見ながら安いときに燃料を買いつけるような「悠長な動き」に比べて、ソフトウェアで自動的に0.2秒(200ミリセコンド)という短時間で最も有利な瞬間に「売り・買い」ができる大規模蓄電池は、資産を有効活用するという観点からも、発電を取り巻く環境・視点を根底から変えてしまったようです。

(文・箱守知己)

最初の画像は”RenewEconomy.com.au”の

https://reneweconomy.com.au/the-stunning-numbers-behind-success-of-tesla-big-battery-63917/より、

2番目の画像は”Australian Broadcasting Corporation”傘下の

http://www.abc.net.au/news/2017-11-30/sa-tesla-battery-begins-producing-power-a-day-ahead-of-schedule/9212794より、

それぞれ転載しました。

この記事のコメント(新着順)5件

  1. グラフを見る限りでは、明らかに夜間(風力以外の安い発電施設からの電気)に充電して、昼間の高い電力料金の時に売電している。
    きままな風力発電の安定化がメインではなく、単なる電気の転売がメインの施設と思われる。
    また、導入時の初期コストが、電力安定化目的のため、初期投資分の回収を踏まえたうえでの利益かどうかもあやしい。
    回転部分などの機械的可動部よりも、バッテリーは劣化しずらいだろうが、10年レベルで確実に劣化し、機械部品の消耗品よりも、明らかに部品単価が高い。
    総合的に有効かどうかは、10年ほどあとにわかるかもしれない。

    1. nobubu様、コメントありがとうございます。
      >きままな風力発電の安定化がメインではなく、単なる電気の転売がメイン
      どちらも、まったく同じことではないでしょうか。電気の転売をすることにより平準化が行われるから、FCASにお金を払う企業があるのですよね?

  2. はははっ。なんか電力が株取引みたいに見えてきましたね(笑)
    なんだかパンドラの箱でも開けたかのような気分です!!
    もちろん需要と供給にいち早く対応できるシステムであることが売りでしょうが、もうそんなことがアメリカでは起きているんですね。

    電気というものは基本的に貯蔵することが難しいもの。直流電気ならば電池で何とかなるものの交流電気は貯蔵が困難な代物ですよ!!
    それだから交流電力設備は需要のピークに合わせて作り、実負荷の3倍以上にもなることが多いんだとか。
    電圧変換は直流より交流のほうが得意ですが、最近はパワーエレクトロニクスやDC/DCコンバーターなど新技術の登場で大差はなくなり、ゆえにテスラが大電力の蓄電装置で実証実験できるようにまでなったと考えられます。
    日本でも北海道でブラックアウト(送電線全停止)が起きたのは周知の事実ですが、もしテスラのような大規模蓄電設備があれば再生エネルギーの有効活用で少しでも回避できる可能性があったのではと思わされます。
    今後日本でもこういうビジネスが出てくるのでしょうか?

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この記事の著者


					箱守 知己

箱守 知己

1961年生まれ。青山学院大学、東京学芸大学大学院教育学研究科、アメリカ・ワシントン大学(文科省派遣)。職歴は、団体職員(日本放送協会、独立行政法人国立大学)、地方公務員(東京都)、国家公務員(文部教官)、大学非常勤講師、私学常勤・非常勤講師、一般社団法人「電動車輌推進サポート協会(EVSA:Electric Vehicle Support Association)」理事。EVOC(EVオーナーズクラブ)副代表。一般社団法人「CHAdeMO協議会」広報ディレクター。 電気自動車以外の分野では、高等学校検定教科書執筆、大修館書店「英語教育ハンドブック(高校編)」、旺文社「傾向と対策〜国立大学リスニング」・「国立大学二次試験&私立大学リスニング」ほか。

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