BYDが電気自動車で日本の乗用車市場に参入〜EVへの不安視は時代錯誤へ

今年4月にエンジン車の生産を完全に停止した中国のBYDが複数車種の電気自動車で日本の乗用車市場参入を発表しました。はたして、何が起きようとしているのか。自動車評論家の御堀直嗣氏による評論です。

BYDが電気自動車で日本の乗用車市場に参入〜EVへの不安視は時代錯誤へ

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低価格帯のEVをどう実現するかの競争へ

中国のBYD自動車(比亞迪汽車)が、乗用電気自動車での日本参入を正式に発表した。実際には、2023年1月から販売が始まるとのことで、半年ほど先のことだが、この発表が国内におけるEV市場に大きく影響するファクターのひとつになると感じた。

記者発表の壇上で質問に答えるBYDジャパン劉学亮社長(左)と、BYD Auto Japanの東福寺厚樹社長(右)。

今年2月に、韓国のヒョンデ(現代)自動車が約13年ぶりに日本市場へ再上陸するとの発表をしたとき、再上陸の真偽のほどを理解しかねた。だが、EVと燃料電池車(FCV)に販売車種を絞るとの詳細を聞いて、納得した。

導入されたヒョンデIONIQ 5は評判もよく、私も試乗して感心させられる仕立てと仕上がりであった。消費者を納得させ、これまで親しみの薄かった自動車メーカーにも日本の市場を開放する機会があることを実感した。

そうした兆候は、米国のテスラが導入されたころから動き出していたはずだ。新興企業とはいえ、カリフォルニア州でのEVベンチャーの実力は、90年代初頭から体感してきたので、一般の媒体などによるテスラに対する戸惑いは、私にはなかった。また消費者にとっては、イーロン・マスクというCEOの個性も関心を寄せる材料になったのではないか。

もう一つの変化の兆しは、電気自動車ベンチャーのHWエレクトロが、商用の小型と軽EVを導入すると発表したことだ。ホンダも2024年には軽商用EVに参入する段階にあり、トヨタ、スズキ、ダイハツなどもBEV商用軽バンを2023年度の導入を目指した取り組みを進めることを発表した。

以上を総合すると、消費者の手が届きやすい、あるいは生産財として利益を生み出せる存在として、低価格帯のEVをいかに実現するかが、将来の話ではなく現在進行形の動きになってきたのである。

合い言葉は「eモビリティを、みんなのものに」

今回、日本市場への乗用EV参入を発表したBYDの合言葉は、「eモビリティを、みんなのものに」である。それはまさしくエンジン車と競合できる価格であることが大前提となる。

同様の理由でEV販売に勢いが増したことは、すでに日産サクラと三菱eKクロスEVで実証されている。初代リーフは、発売当初年間販売台数が国内では1万台前後だったが、軽乗用EVは発表から一か月のうちに1万5000台を超える受注を得たのである。

補助金活用という前提があったとしても、ガソリンターボエンジンを搭載する軽乗用車と近い値段で手に入ると知り、注文した人が増えた可能性は高い。下取り車の様子を聞けば、市場で人気のスーパーハイトワゴンや、登録車のコンパクトハイブリッド車からの乗り換えが半数近いという。消費者の関心が動いている証だ。

一方で、EVに関しては、相変わらず一充電走行距離への心配や、EVの基礎充電となる自宅での普通充電がマンションなど集合住宅でなかなかできないという課題がある。しかし、軽自動車として納得できる一充電走行距離として、WLTCで180kmという数字に及び腰となる人は多くはないということだろう。

基礎充電についても、集合住宅で自宅に200Vの充電コンセントを設置できない場合でも、勤め先などで積極的にコンセント設置を従業員のために進めれば、通勤するうえで不自由しないとの気づきが起こることへの期待もある。

ここにきて、三菱自動車工業は三菱UFJ銀行と提携し、約120万社といわれる取引先へ、軽乗用のeKクロスEVや軽商用のミニキャブミーブを紹介することをはじめると公表した。価格と価値の調和がとれることでEV拡販の機会が広がることを示している。

国内100店舗のディーラー網の価値創出が課題

ヒョンデと異なり、BYDは国内に約100店舗のディーラー網を設け、EV販売と、その後の保守管理を充実させるという。ネット販売より、顔と顔をあわせた販売と継続的な関係性を構築しようとの方針だ。

47都道府県に約100店舗が、どれほどの規模かというと、一例として輸入車のボルボは、全国に約120店舗のディーラー網を持つ。国産車でトヨタの5000店規模というのは並外れた数字であり、日産やホンダなどは2000店ほどである。そのなかで、昨今のボルボの存在感は、商品性の向上を含め急速に高まっている。したがって100店舗は、国産の販売店に比べ1桁小さい数だが、魅力ある商品性が正しく伝われば、日本で勝負できる規模といえるのではないか。

ただし、当面は消費者の安心という意味で、顔と顔を合わせてのつながりは意味があるとしても、EVはそれほど故障するものではなく、消耗部品も多いわけではない。逆に、すべてを電気で管理するクルマであるだけに、通信を駆使すれば顧客の車両情報はいくらでも手に入り、管理することができる。

テスラは、そこを活かして不具合の兆候を所有者より先に察知し、顧客へ通信で知らせることを行っている。不具合の状況によっては、出張して修理や調整を行うことも行っている。そこを学んだヒョンデは、テスラ方式での車両の保守管理をしながら、車検や定期点検など義務を負う整備に対しては、支援する企業と協力することで、固定費を抑える方向を目指している。

EVが普及するほど、テスラ方式が合理的になっていくだろう。その点で、国内に販売店網を展開する国内外の自動車メーカーは、将来のディーラーの価値を模索しているところだ。BYDも、3年後をめどに100店舗網が完成したあと、どう維持していくかという課題に直面するかもしれない。

一方で、BYDが自前で販売店を設けるのではなく、関心のある販売会社がBYDと手を組む手法を活用するようだ。それであれば、他社銘柄の新車販売を兼ねながら、その会社や販売店は、銘柄と関わりなくEV販売や保守管理の知見を得る機会を広げることが可能になるとも推察できる。

いずれにしても、ヒョンデやBYDといったアジアの自動車メーカーがEVで国内市場に参入してきたことで、日本の自動車メーカーも母国でのんびり構えてはいられなくなっていくだろう。

5年後に自動車市場が一変している可能性は高い

私は、数年前から10年後には市場が変わると述べてきた。しかしBYDの発表を通じ、5年後には変わってしまうかもしれないと思うようになった。乗用も商用も含めてのことである。

EVは一充電走行距離に不安があるとか、充電の心配があるとか、故障の心配があるとか、値段が高いとか、選択肢が少ないなどといつまでもいっていると、数年のうちにそれらの不安材料が過去のものになってしまうのではないか。

EV性能や社会基盤の状況は改善されるのか、という人任せの進捗に依存するのではなく、EVを経験する人が日増しに増えていくことにより、自分にはこれくらいの性能であれば十分価格と見合うとの実効性にかなうかどうかが問われるようになっていくからだ。

それにもかかわらず、サブスクリプションやリースのほうが故障の心配がないとか、下取りの値落ちの心配がないとか、過去の情報を基にEV導入を不安視し、また実証実験で確認してから市販を検討するなどという考えは、時代錯誤としか思えない。未来都市構想も、それが完成した時点で過去の遺物となりかねない。それほど、時代は動いている。

脱二酸化炭素(CO2排出削減)への対処で、英国やフランスは原子力発電の新設を決めた。日本も、冬の電力逼迫に備え9基の原子力発電の再稼働を検討する状況になった。現在の軽水炉を再稼働する良否は別として、電源構成も火力からの脱却が動き出そうとしている。

BYDの母国である中国は、400基の原子力発電を目指してきたが、そのなかで次世代原子炉の一つであるトリウム熔融塩炉の研究開発では世界の先端にある。燃料となるトリウムは、ウランのようにロシアへの依存をせず自国で賄える。トリウムが世界に遍在するのは知られるところであり、原子力発電においても、いつまでもウランやプルトニウムに依存する必要のない開発が欧米を含め海外では進んでいる。

国や地域によって電源構成が異なり、それに即した新車の導入をはかることが脱二酸化炭素であるとの見解は、発電の脱炭素が世界の共通目標であり各地域で脱火力が進展していることで、すでに意味をなさなくなりつつある。EVに的を絞り、モビリティの電動化を推進するBYDの決意は、母国と世界の将来を的確に考察した結果であると思う。

新車価格は未発表だが、リン酸鉄を使ったリチウムイオンバッテリー効果や、中国と日本が近距離であることなど含め、納得のいく低価格で販売開始されるなら、軽乗用EVに続いて日本のEV普及を勢いづける存在になるのではないか。

(取材・文/御堀 直嗣)

この記事のコメント(新着順)2件

  1. 最近EVは自動車というより家電製品に近いと考えるようになりました。将来EVは家電量販店や直営ネット販売で扱われる商品になり、(ガソリン)自動車販売店は消滅する運命にあると思います。我が愛車の三菱i-Miev(M型)ですが、既に10万km走行していますがバッテリー劣化は未無で、自動車販売店に持ち込むような修理やトラブル(リコール等は除き)は一切経験していません。国産EVは抜群の耐久信頼性(=ガソリン車のような劣化はしない)があるように思います。従ってEVのサブスクリプションやリース販売などは、何とか(ガソリン)自動車販売店の収益を悪化させないメーカーの苦肉の策なんだと思います。御堀直嗣氏が指摘されるように、10年後には全く違うモビリティ世界になっていると思います。

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					御堀 直嗣

御堀 直嗣

1955年生まれ65歳。一般社団法人日本EVクラブ理事。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。1984年からフリーランスライター。著書:「快走・電気自動車レーシング」「図解・エコフレンドリーカー」「電気自動車が加速する!」「電気自動車は日本を救う」「知らなきゃヤバイ・電気自動車は新たな市場をつくれるか」「よくわかる最新・電気自動車の基本と仕組み」「電気自動車の“なぜ”を科学する」など全29冊。

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