BYDの乗用車EVがついに上陸〜「日本の自動車産業が茹でガエルに?」のポイントを考える【中尾真二】

2022年7月21日、BYDが日本法人を設立し国内にEV3車種を投入すると発表した。多くの日本人、なかでも自動車産業に関わる人であれば、この発表の重大性は認識しているだろう。10年後、日本自動車産業の転換点となった出来事として歴史に刻まれる可能性さえあるからだ。

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日本の自動車産業が「茹でガエル」にならないように

BYDグループの王伝福会長はビデオメッセージで乗用車EVによる日本市場参入を宣言。

EVsmartブログでは速報記事の中で「ニッポンが茹でガエルになってしまう」危機感を提示した。今回の記事も、いきなりあおり気味の出だしで恐縮だが、日本もそろそろ「EVはイロモノ」「中韓の技術やモラルは日本より下」という考え方から脱しないと「茹でガエル」が本当に茹であがってしまいかねないので、警鐘の意味も含めてあえて書かせていただいた。

CASE車両を追っている業界では「いつかはくるだろう」と予想はしていたので、さほどの衝撃は感じていないのかも知れない。たしかに世界に誇る日本のHV技術はこの先数十年程度は余裕で存続するだろう。それだけ完成されたシステムだが、逆にいえばこれ以上の投資による大きな費用対効果を期待するのは難しいので、新技術や新市場に投資をシフトすることを躊躇する理由はない。

日本国内で目立つEV懐疑論が正しく、いずれEV市場は破綻するとして「家康戦法」でそのときを待つのもいいが、その間国内産業に低成長を、成長市場への参入を我慢させるのだろうか。「ダメなら次の市場にいけばいい」、これくらいのスピード感と機動力が、グローバルビジネスでは求められている。

発表会で登壇したBYDジャパンの劉学亮社長と、BYD オートジャパン社長に就任した東福寺厚樹氏。

ブレードバッテリーと「e-Platform 3.0」

BYDの戦略とモデルラインナップについて発表内容をベースに整理してみよう。

今回発表されたのは『ATTO 3』『DOLPHIN』『SEAL』の3モデル。どれも中国やオーストラリアなどアジア太平洋リージョンで発売さているもので、新型やジャパンプレミアモデルではない。3車種に共通して使われている専用プラットフォーム「e-Platform 3.0)は、LFP(リン酸鉄)型ブレードバッテリーと制御モジュールが一体化されており、ボディ剛性の向上や車体デザインの自由度アップに貢献する(EV系プラットフォームの共通メリット)。

ブレードバッテリー説明動画

ブレードバッテリーは、LFPの弱点とされる充電効率や温度特性を薄型セルとその積層構造によって改善したものだ。日産は薄型ラミネートセルの集積方法、テスラは円柱型バッテリーの集積方法で独自のバッテリーパックを開発している。BYDはLFPを薄型長方形のブレード(刃)バッテリーとすることで集積効率を上げている。サイエンス領域では全固体や空気電池など新素材・新方式の研究が重要だが、ビジネス・エンジニアリング領域では、このような生産技術、実装技術が欠かせない。加工・成形・実装技術は日本のお家芸だった領域だ。

e-Platform 3.0 説明動画

e-Platform 3.0は「インテリジェント」機能も革新的であるという。具体的にはバッテリマネジメントをメインとした統合ECUアーキテクチャが採用されているということだ。バッテリーメーカーとして創業したBYDならでは設計といえる。EVの心臓部であるバッテリーに温度管理や制御ECUを一体化することで、モーターやブレーキ・サスペンションなどのコンポーネントの設計および調達戦略の自由度が高くなる。

統合ECUでは、既存ECUやモジュールを統合する上位レイヤのECUを導入するか、テスラのように最初から車両の全体制御を統括するECUに各コンポーネントのセンサー・アクチュエーターおよび制御マイコンをぶらさげるかで設計が変わる。BYDはプラットフォームとバッテリー制御を一体化することで、独自のバッテリーエコシステムを作ろうとしている。バッテリーメーカーのBYDとしては、EVはそのエコシステムのアウトプットのひとつである。

一気に3車種を投入するインパクト

日本に投入される3モデル(SUV、コンパクト、セダン)のプランも入念に検討されている印象だ。

最初に投入されるATTO 3(e-SUV)は、EVでも激戦区といえる。国産車では日産アリア、トヨタbZ4Xやスバル ソルテ、マツダMX-30EVなどが鎬を削り、輸入車でもテスラモデルY、ヒョンデIONIQ 5、プジョーe-2008、メルセデス・ベンツのEQA、EQB、EQC、ボルボXC40、アウディe-tron、Q4 e-tronなどが出揃い、国内で最もEVラインナップが豊富なセグメントだ。先行して発売されているオーストラリアと同等に、400万円台で日本市場に投入されたら、BYDのATTO 3がEV激戦区の戦いを制する最有力候補に躍り出る。

次に投入が予定されている(2023年夏ごろ)のがDOLPHIN(e-コンパクト)。このモデルの成功がおそらくBYDにとって日本戦略の要になると思われる。日産サクラと三菱eKクロスEVの発表と好調な受注で、日本でも小型で廉価なEVへのニーズの存在が明らかになった。日本の場合、道路事情や駐車場の関係で小型車への根強いニーズがある。欧州でもルノーZOEやフォルクスワーゲン ID.3のシェアは手堅い。軽EVの車格や航続距離に不安を持つ層に、廉価なコンパクトEVは刺さる可能性が高い。

テスラは、廉価でスモールな「2万5000ドル」モデルの発売予定を事実上保留にしている。モデル3のバックオーダー対応、モデルY、サイバートラック、SEMI(大型トラックのトラクターヘッド)の生産や、ベルリンとテキサスの新工場の安定稼働を優先させるためだ。

コストを下げにくいEVの「大衆化は無理」とする分析もあるが、中国市場で実績のあるBYDは、巨人テスラがコンパクトモデルを投入する前に、世界のコンパクトEV市場を取りに来たとみるべきだろう。日産・三菱、ホンダ、ステランティス、VWなど、日本市場でEVに注力している、あるいはしようとしているブランドにとって、BYDのコンパクトEV投入は、テスラ以上の脅威となる。

中国やオーストラリアで発売されたばかりのSEAL(e-セダン)は、テスラモデル3の対抗として、おそらくBYD Auto Japanのフラッグシップとなる車種だろう。スペック(型式認定取得前の参考数値)でいうと航続距離555Km(欧州WLTP値)、バッテリー容量82.56kWh、モーター出力230kWは、モデル3の数値を意識したものなのか、RWD、AWDともに微妙に上回る設定(上位モデルの航続距離はモデル3の方がやや長い)になっている。販売の主力はSUVのATTO 3とコンパクトのDOLPHINになるとしてもセダンタイプのSEALは必要なモデルだ。

BYDショックを過小評価するのは禁物

EVはオンライン販売との親和性が高いといわれ、テスラ方式の成功から、ヒョンデは販売・整備はパートナー戦略を採用している。ショールーム兼、試乗など顧客体験の拠点としての「エクスペリエンスセンター」を作っていくとしている。BYDは販売と整備をワンストップでできるディーラーモデルを採用した。2025年までに、47都道府県に100店舗の展開を目指す。

充電性能やインフラについても言及されている。e-Platform 3.0ではバッテリー総電圧を800Vとすることも可能。他社EVでは一般的な400V前後よりも高く、高出力の急速充電が可能となる。ディーラー網には急速充電器を設置することが発表会のなかで明言されたが、大容量バッテリーを搭載したSEALが150kW以上の超高出力充電に対応するなら、ポルシェやアウディが独自に最大出力150kWの急速充電インフラを整えようとしているように、BYDディーラーにも高出力の専用充電器が設置されるかもしれない。

BYDは、ATTO 3、DOLPHIN、SEALについて、日本での販売価格をまだ公表していない。可能性のひとつにすぎないが、ATTO 3で500万円以下、DOLPHINで300万円以下ならば、かなりの競争力を持つはずだ。

先日の速報記事でもお伝えしたように、ATTO3はオーストラリアでは約4万4000豪ドル(日本円で約430万円)。DOLPHINは中国で10万元(日本円で約200万円)からの値段で売られている。速報記事の予想価格は、あながち無理な数字ではない。BYDの日本市場参入が持つ潜在的なインパクトを過小評価しないほうがいい。

ボディの金型作りには日本の職人技が活かされていることも強調された。

3割「しか」と、3割「も」と考える戦略の差

Hello, e-Life! BYD JAPAN ステートメント

21日の記者発表で、BYDジャパン代表取締役社長の劉学亮氏は日本市場参入について「日本市場の調査では、およそ30%の人がEVの購入意向を持っていた。購入の課題として、値段・充電インフラ・航続距離・モデルバリエーションがあることも判明した」と述べた。

普通の人が聞けば、3割しか興味がなくて値段や性能など4つも課題があれば売れるわけがないと思うだろう。事実、国内メディアや自動車業界は、まったく同じ理由でEVは売れないと本気で取り組んでこなかった(一部メーカーを除く)。そして多くの日本人がそれを現実解として受け入れていた。

しかし、BYDは3割も潜在市場があり課題が克服できるなら売れるだろうと判断した。価格、インフラ、性能、車種バリエーション、どの課題も本国および世界の市場で克服してきた技術と実績がある。企業としての勢いの違い、戦略の違いを感じざるを得ない。

(文/中尾 真二)

この記事のコメント(新着順)3件

  1. これ、国が補助金を出さないっていうびっくりプランがあったら笑いますね。
    (笑えない)

  2. 自動車産業は日本の基幹産業なので、世界のEV化の流れに日本だけが遅れを取ることは国益としても許されないと思います。ハイブリッド車は21世紀には間に合った技術ですが、2050年に先進国が目指すカーボンニュートラルには間に合わない技術です。確かに現在の日本の電力事情では、ハイブリッド車もEVも排出されるCO2はさほど違いはないです。しかし2050年にカーボンニュートラルを目指すには、まずは輸送部門のEV化を進め、再生可能エネルギーによる電力需要を増やしていくエネルギー政策が今求められています。

  3. I live in Okinawa which is perfect for EV vehicles. The other day I had a test drive in the Mitsubishi Ek EV. It was a very nice car . But two things were bothering me the price is too high and only a 20kwh battery. After reading about the BYD Dolphin I think I will buy this car if the price is right.

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この記事の著者


					中尾 真二

中尾 真二

アスキー(現KADOKAWA)、オライリー・ジャパンの技術書籍の企画・編集を経て独立。「レスポンス」「ダイヤモンドオンライン」「エコノミスト」「ビジネス+IT」などWebメディアを中心に取材・執筆活動を展開。エレクトロニクス、コンピュータのバックグラウンドを活かし、セキュリティ、オートモーティブ、教育関係と幅広いメディアをカバーする。インターネットは、商用解放される前の学術ネットワークの時代から使っている。

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