元記事:How dangerous are burning electric cars? by Rainer Klose on 『Empa』
※冒頭写真は車両火災のイメージです。
【編集部コメント】
まず、電気自動車バッテリーの火災実験、というと「やっぱり電気自動車は火災のリスクが高いのか」と早合点される方もいることでしょう。電気自動車における火災のリスクについては、2018年に掲載した『電気自動車はガソリン車に比べて火災を起こしやすいのか?』という記事で詳しくご紹介しています。
時折「テスラ車が中国で火災」といった事故があると日本でもニュースになるので目立ってしまう側面はありますが、電気自動車の火災はエンジン車と比較して多発しているようなことはありません。
国土交通省がウェブサイトで提供している「事故・火災情報検索」で「乗用車」の「火災」に絞って検索すると、ヒット件数は2113件。うち、プラグイン車の車種別を検索すると、テスラは該当データなし、日産リーフが2件(うち1件は充電中のケーブルが出火)、BMW i3が1件(エンジンオイルの蓋の閉め忘れでオイルが発火)、アウトランダーPHEVが1件(エキゾーストマニホールド上部付近に何らかの可燃物が付着して出火)といった程度です。
つまり、日本国内では電気自動車の駆動用バッテリーが原因の火災事故は、ほとんど前例がないといってもいいのが実状です。
とはいえ、事故で電池が強い衝撃を受けた場合など、出火しないとはいえません。そのとき、何が起こるのか、どんなことに気をつけるべきなのか。スイスで行われた実験は、電気自動車の安全について見識を深めるために知っておきたい情報であると判断して、翻訳記事をご紹介することにしました。
では、レポート記事の翻訳をご覧ください。
リチウムイオンバッテリーの火災を検証
電気自動車がトンネルや地下駐車場で燃えた場合どうなるのでしょうか? スイスにあるHagerbach実験用トンネルで、Empa(本記事の出典元でもあるスイスの研究機関)の研究者であり、トンネルにおける安全性の専門家であるLars Derek Mellert氏が電気自動車のバッテリーセルに火をつけ、煤や煙の動きと、消火用の水に残された化学残留物について分析しました。
大きな爆発音とともに、それは始まりました。電気自動車のバッテリーモジュールがHagerbachの実験用トンネルで燃えています。実験の動画は、この種のバッテリーに貯められたエネルギーの大きさをを強烈に見せてくれます。メートル級の火がシューと音を上げ、分厚くて黒い煤を大量に作り出しています。元々明るく照らされていたトンネルの視界は、あっという間にゼロになりました。数分後、バッテリーモジュールは完全に燃え尽きました。灰と煤が空間全体に巻き散らされました。
立体・地下駐車場に関する重要な情報
スイス連邦道路事務所(FEDRO)に補助金を受け、Empaからも多くの研究者が参加した実験は、2019年の12月に行われました。結果は最近出てきたばかりです。
プロジェクトリーダーである、Amstein + Walthert Progress AG(スイスに本拠を置くリスク管理などが専門のコンサルティング会社)のLars Derek Mellert氏は、「この実験では、公共・私有地両方の、小規模・大規模の地下、もしくは立体駐車場を想定しました。これら既存の地下駐車場を使う電気自動車が増えてきました。その際オペレーターは考えるのです。このタイプの車に火がついたらどうするべきなのだろう。私の働く場所は、そのような火災からどのような影響を受けるのだろうと……」と話しました。しかし今までそんなケースの実体験どころか、有意義な技術的文書もほとんど存在していなかったのです。
Empa所属のバッテリー研究家であるMarcel Held氏と、腐食を専門とするMartin Tuchschmid氏のサポートを受けて、Mellert氏は3つの実験シナリオを作りました。Hagerbach AGテストトンネルと、フランスのブロンにあるthe French Centre d’études des tunnels (CETU)からも専門家が参加しました。Empaの腐食と火災ダメージを専門とするMartin Tuchschmid氏によると、「火災トンネルに、煤を付着させる実験用の舗装をしました。実験後その表面は科学的に分析され、特別な部屋に数カ月保管されて、腐食ダメージが出てくるかを見ました」。
シナリオ1:密閉空間での火災
ひとつめのシナリオは、換気機能の無い、閉じられた駐車場での火災です。想定された駐車場は28メートル四方で高さは2.8m、空気の体積は2,000立方メートルになります。また火災の起こる車は32kWhの小型車で、フル充電されているとします。
経済的な理由で、実験規模はその8分の1に縮小されました。従って、4kWhのバッテリーモジュールが250立法メートルの空気がある部屋で燃やされました。トンネルの壁、表面、消防士の防護服に煤がどのように張り付いたか、化学残留物がどれだけ有害か、また火災後に現場は何を使えばきれいに掃除できるのかを検証しました。
シナリオ2:スプリンクラー付きの空間での火災
シナリオ2では消火に使った水に残された化学残留物を扱います。実験場所はシナリオ1と同じです。ただ今回は、スプリンクラーのような放水システムの下に取り付けられたメタルプレートを、バッテリーから出る煙がすぐに覆うように設定されています。そこから降り注ぐ煤が混じった水は、下のたらいで回収されました。バッテリーの炎は消火されず、完全に燃え尽きました。
シナリオ3:換気システム付きのトンネルで起こる火災
3つ目のシナリオでは、換気システムへの火災の影響に焦点を当てます。排気管のどこまで煤は侵入するのでしょうか。また腐食を起こす物質はそこに沈着するのでしょうか。
実験では、160メートルに及ぶ換気用トンネルで4kWhのバッテリーモジュールに火を点け、扇風機が一定の速さで風を煙に吹きかけます。研究員は火のついている場所から50、100、150メートルの位置にメタル板を取り付け、煤を付着させました。煤の化学構成物質と、発生したかもしれない腐食効果を、Empaの研究室で分析しました。
The experiment: Torching a battery – When electrical vehicles catch fire(YouTube)
実験結果は2020年8月の最終レポートで発表されました。プロジェクトリーダーのMellert氏は次のことを再確認しました。
温度上昇という点においては、電気自動車火災が内燃機関車火災に比べてより危険ということにはなりません。最終レポートによれば、「火災車両から放出される汚染物質はいつも危険で、命を奪う可能性のあるものでした」。車両やエネルギー貯蔵システムのタイプに関わらず、危険域からできるだけ早く全員を非難させることが重要です。燃えるバッテリーから出るものの中でも、高い腐食性と有毒性のあるフッ化水素酸はとりわけ危険だとよく指摘されます。しかしHagerbachトンネルで行われた3つの実験では、その濃度は危機的レベルより下でおさまりました。
結論:最先端のトンネル換気システムは、ガソリンまたはディーゼル車火災だけでなく、電気自動車火災にも対処できます。現在の実験結果を踏まえると、換気システムやトンネル設備に増加した腐食ダメージも、両者で違いがでるわけではなさそうです。
この実験結果を見ると、消防隊も何かを新しく学ぶ必要はありません。消防隊員は電気自動車のバッテリーが消火不可能であり、できることは大量の水で冷やすことだけだと知っています。したがって火が一部のバッテリーセルだけに留まり、バッテリー全体では燃え尽きない部分が出てくる可能性があります。
もちろん、このように一部が燃え落ちた残骸は水に浸されるか、特別な容器に入れて再発火を防ぐ必要があります。ただし専門家はこれをすでに知っており、練習もされてきました。
消火用の水には毒性が
1つ出てくる問題が、消火及び燃えたバッテリーの冷却用に使われた水です。分析の結果、消火用水の化学汚染はスイスでの工業廃水閾値の70倍となりました。冷却水に至っては最大で閾値の100倍となったのです。著しく汚染された水を、適切に処理せずに下水システムに流さないようにすることが重要です。
専門家による除染が必須
実験の後、トンネルはプロの火災クリーニングチームにより除染されました。その後に採取されたサンプルにより、電気自動車火災後に行われたクリーニングに要した時間と方法は、適切だったと確認が取れました。しかしMellert氏は特に地下駐車場のオーナーに警告を出しています。「煤や汚れを自分で掃除しないでください。煤は大量の酸化コバルト、酸化ニッケル、酸化マンガンを含んでいます。これらの重金属は無防備な肌に重大なアレルギー反応を起こします」。電気自動車火災後の掃除は、必ず防護服に身を包んだプロに任せるべきものなのです。
(翻訳/杉田 明子)